第三十話:隠された刃、触れたら落ちる
王宮会議室。
歴代の王の肖像画に見下ろされる空間で、
リディアは初めて重要会議の席についた。
だが、資料に目を通しても内容が頭に入らない。
(どうして……さっきから胸が痛いの?)
ヴァルター男爵の言葉。
アランの手の温度。
セラフの苦しげな眼差し。
すべてが、心をざわつかせる。
「王政改革案、進捗報告を」
議会が動き出す。
アランが発言し、セラフが補足する。
その間、二人の視線が何度もリディアへ向いた。
(集中しなきゃ……!)
だが——
机の下で小さく何かが光った。
(……何?)
そっと覗き込む。
椅子の下、薄い鉄片。
刃物の破片。そして微かな血痕。
寒気が背骨を走った。
(誰かが、ここで……)
殺意があった。
この部屋の、どこかに。
息を呑んだ瞬間——
黒い影が音もなく近づく。
扉の上から、細い針が落ちた。
「リディア!!」
灰青の影が視界を覆う。
アランの腕がリディアを抱き寄せ、
毒針は床に転がった。
一拍遅れて護衛が動く。
「くそ……!」
アランの声が震えている。
怒りか、恐怖か、
それとも別の感情か——全部だ。
「リディア、立てるか」
「……はい」
震える声。
アランの支えがなければ立てなかった。
(でも……)
「アラン殿下」
風が割り込む。
セラフがアランの手を振り払った。
「彼女を乱暴に扱うな」
「乱暴? 今のどこがだ」
「その顔で近づかれて、不安にならないはずがない」
「俺は彼女を救った」
「僕だって、救えた」
二人の間から火花が散る。
「いま必要なのは感情ではない」
セラフが言うと、
アランの灰青の瞳に怒りが宿る。
「守り方も知らないくせに、
彼女の心を分かったような口を利くな」
「……!」
(どうして……私のために)
胸が苦しい。
息が浅くなる。
「やめて……ください……」
声が震えた。
「あなたたちに争われても……困るんです」
二人が同時にリディアを見る。
まるで同じ痛みに貫かれたように。
(どうしてこんな……苦しいの?)
恋なんて知らないはずなのに。
「リディア嬢」
静かな声。
レオン・カルディナが歩み寄る。
「ここに敵がいることは確かだ。
今は、冷静に判断しなければ」
冷たい現実が突きつけられる。
(逃げ場なんて……どこにもない)
「リディア」
アランの声は震えたまま。
「ずっとそばにいる。何があっても」
「僕もだ」
セラフの声は低く、切実だった。
心臓が痛む。
守られたいのか。
守りたいのか。
どちらの手を掴むべきなのか。
(まだ分からない……でも)
震える手を、ぎゅっと握る。
(いつか、この痛みの答えを出さなきゃいけない)
王宮の窓を、鋭い風が叩いた。
戦いは、すでに始まっている。
恋も、政治も。




