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第二十八話:その鼓動の理由を教えて

胸が、うるさい。


 講義中も、休憩中も、リディアは自分の鼓動が気になって仕方がなかった。

 手を胸元に当てても、何も変わらない。むしろ速くなる。


(こんなはずじゃ……)


 政治で動揺を見せないと決めているのに。

 なのに——


(どうして、あの人の声を思い出しただけで)


「リディア?」


 名前を呼ばれて顔を上げる。

 すぐ近くに、セラフ伯爵がいた。

 いつも通りの落ち着き払った微笑。だが目だけが揺れている。


「顔色が……いや、違う。心が乱れている」


「そんなこと、ありませんわ」


「僕には分かるよ。……君は無理をしすぎる」


 その声音は優しすぎて、反対に胸が締めつけられた。


「何か困ったことがあれば、僕に頼ってほしい。どんなことでも」


 真剣な瞳を直視できず、思わず目をそらす。

 視線の先に——


 教室の扉にもたれ、こちらを見ているアランの姿があった。


 灰青の瞳。静かに燃える、抑えきれない何か。


「……セラフ伯爵」


「ん?」


「少し、失礼します」


 リディアは立ち上がり、アランのもとへ歩み寄る。

 鼓動がうるさい。足取りが落ち着かない。


 近づくほどに、呼吸が触れ合いそうな距離になる。


「なんだ、その顔は」


「顔、とは……」


「泣きそうに見える」


 泣きそうなのは——


(どうして、あなたを前にすると)


「どこかで、話せるか?」


 アランは手を伸ばした。

 触れるか触れないかの距離で止まる。許しを求める仕草。


 リディアは頷いた。逃げきれない。


 その様子を、遠くからセラフが見ていた。

 机の上の拳が、白く強張る。


(また……僕は、見ているだけなのか)


 風が震える。

 決断しなければ、彼女を失う。

 それだけは、耐えられなかった。



(君はいつもそうだ)


 アランは思う。

 強いくせに、弱さを隠しすぎる。


(俺以外に触れられるな)


 独占欲が、灰青の瞳に深い影を落とす。


「……リディア」


「はい」


「その鼓動は、君を守るもののためにある」


「守る……?」


「そうだ。俺が守る。君の心も、君の未来も」


(だが、俺の気持ちを——どう説明すれば)


 触れたい。

 抱きしめたい。

 誰にも渡したくない。


(理由なんて、とっくに分かっているのに)



 セラフは扉の影で立ち尽くしていた。


(気づいて。僕は、君の隣にいたい)


 愚かだと分かっている。

 自分は王族ではない。

 選ばれる立場でもない。


 だけど——


(君がその痛みの正体を知る前に)


 伝えなければ。

 奪われる前に。



 リディアは胸を押さえる。


(この痛みは……何?)


 答えはまだ出ない。

 ただ、逃げられないと気がついた。


 アランとセラフ。

 二つの視線に、心が揺れる。


 その揺れの名を、まだ知らずに。


 けれど確かに——


 ——恋は、すぐそこにあった。

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