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第二十七話:胸の痛みの名をまだ知らず

アランに連れられて入ったのは、王族専用の特別教室だった。

 大理石の壁に囲まれたその部屋は、外界を遮断するために造られたように静かだ。

 扉が閉まる音だけが、やけに大きく響いた。


「……ここなら、誰にも聞かれない」


 アランがゆっくりと振り返る。

 金の髪が朝光を拾い、灰青の瞳が淡く揺れた。

 その色は冷たいはずなのに、なぜか熱を宿して見える。


「リディア、昨日のこと。君は軽く考えすぎている」


「軽く……?」


「君が狙われる理由は、血筋だけじゃない」


 灰青の瞳が、彼女の芯を射抜く。

 見つめ返すことができず、息が詰まった。


「君の判断力、君の言葉……どれもが脅威だ。

 王宮の均衡を動かせるほどに」


 リディアは、小さく目を見張る。

 まるで称賛のような、それでいて警告にも似た声音。


「だから俺は——」


 アランの手が伸びた。

 袖の布越しに触れるだけの、控えめなはずの仕草。

 なのに心臓が跳ねる。


「君を守らなければならない」


「守る、というのは……政治的な意味で?」


「それもある。だが——」


 アランは一度言葉を飲み込んだ。

 唇がわずかに震える。感情が堰を切りそうになる。


「俺は君を……」


 その瞬間。


 扉の隙間から流れ込む風が、二人の間をかすめた。

 気配が走り抜ける。鋭い、けれど迷っている風。


(セラフ伯爵……!)


 微かに覗く瑠璃色の視線が、一瞬だけこちらを捉えた。

 すぐに影が動き、廊下の向こうへと消える。


(何を……そんな顔をして)


 胸がきゅっと痛んだ。

 どうして彼の表情に、こんなにも心が乱れるのだろう。


 アランも気づいていた。

 灰青の瞳が、わずかに陰る。


「……やはり、あいつは来ていたか」


 言い放つ声は低く、こもっている。


「嫉妬、ですか?」


 自分でも驚くほど直球な言葉が口を滑った。

 アランの肩がわずかに揺れる。


「嫉妬だと……思うか?」


「そう見えました」


 アランは短く笑った。

 けれど、それは自嘲にも似ている。


「なら、そうなのだろうな。

 俺は……彼が君のそばにいるのが気に入らない」


「……アラン殿」


「違う。殿ではない。ただのアランだ」


 距離が縮まる。

 吐息が触れる距離に、彼がいる。


「政治も、立場も関係ない。俺の感情として——」


 扉の向こうで、風が震えた。


 セラフはただ立ち尽くしていた。

 拳を握りしめ、胸の奥で名もなき焦燥を噛みしめながら。


(また……彼に先を越されるのか)


 自分は王族ではない。

 だが、だからこそ——失いたくないものがある。


(リディアを……)


 風がざわめく。焦がれるように。


 そして、教室の中でもまた別の衝動が燃え上がる。


 リディアはまだ知らない。

 その視線で、無意識の仕草で、

 二人の心をどれほど揺さぶっているかを。


(どうして、こんなにも——苦しいの?)


 胸の痛みの理由に気づかぬまま。


 ただひとつ、確かなことがある。


 ——恋の風は、もう止まらない。

 戦火の彼方で、燃え広がろうとしていた。

ここまで読んでくださりありがとうございます!


宣戦布告の余波が、ついに学院にも広がり始めました。

アランとセラフ、それぞれの思惑が交錯し、

リディアの胸にもまだ知らぬ痛みが……。


「焦れるのはどちらの風か」

「守りたいのは国か、彼女か」


答えは、もうすぐ。


そして次回、ついに二人の感情が

静かに、しかし確かに動き出します。


引き続き応援していただけると、とても励みになります!

また次話でお会いしましょう✨

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