第二十六話:焦がれる風の行方
翌朝。王立学院の空は、驚くほど澄み切っていた。
昨日の「宣戦布告」の余韻が、まだ胸の内に重く沈む。
アラン殿下、セラフ殿下、そしてルカ。
三人の思惑と視線が交差したあの夜から、たった一晩しか経っていないというのに、
周囲の空気は一気に張り詰めたものへと変わっていた。
「……深呼吸」
リディアは胸に手を当てる。
落ち着いているはずだった。政治では動揺を見せないと決めていた。
だが、浮かんでしまう顔がある。
(……アラン殿下)
昨日の夜、手を取られた感触。
優しいけれど、決して逃さない強さがあった。
(なぜ……今、それを思い出したの?)
その疑問を振り払うように、リディアは自室を出る。
学院の廊下はいつもよりざわついていた。視線が集まる。
「……あなた、昨夜のこと知らないの?」
「殿方の間で取り合いになってるって噂……」
「しかも彼女、アルヴェーヌ家の――」
囁きが背中に刺さる。
息苦しさより先に、思考が冷える。
(これも……政治の一環)
足を止めた先に、セラフが立っていた。
「おはよう、リディア嬢」
涼やかな微笑。いつも通りの声。
けれど、その瞳の底だけは昨日とは違っていた。
「体調は? 少し、顔色が優れない」
「大丈夫です。昨日の……余韻が残っているだけで」
「余韻、ね」
セラフが一歩、近づく。
周囲の視線が再び集まる。囁きは波のように広がる。
「――無理は、しないで。僕は、いつでも君の味方だ」
その言葉に、胸が痛んだ。
(なぜ……こんなに痛むの?)
と、その時。
「リディア」
静かで、けれど誰よりも強い声が響く。
振り向けば――アランが立っていた。
金の髪も、黒い瞳も、光を隠している。
ただ真っ直ぐに、彼女だけを見る視線。
「少し……話がある」
「っ……承知しました」
セラフが一瞬、視線を細める。
アランもまた、セラフを鋭く睨み返す。
火花が散る――そう感じるほどの緊張。
(どうして。どうして――私が間に?)
息が詰まりそうになりながら、リディアは歩き出す。
胸の痛みの正体をまだ知らないまま。
けれど確かな風だけが、心の奥を焦がし始めていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
リディアの胸に芽生えつつある「まだ名前の無い痛み」。
政治は加速し、恋は静かに始まってしまったようです。
次回、アランとの「少しだけ踏み込んだ会話」をお届け予定。
どうぞお楽しみに……!




