第二十四話:三つ巴の宣戦布告
――宰相府、朝。
昨夜の政務で寝不足のはずなのに、アランはいつもより早く執務室へ来ていた。
机に向かうふりをして、視線は扉の方をさまよう。
(……来ない。いや、来ないはずない。きっと来る)
リディアは遅くなる、と言っていた。
それでも、来る――来てほしい。
扉が小さく叩かれる。
「失礼いたします」
その声を聞いた瞬間、アランの背筋はびくりと強張った。
けれど振り返った時には、もういつもの余裕の笑みを浮かべている。
「……おはよう、リディア」
「おはようございます、殿下」
――顔色が悪い。
視線を合わせた瞬間、アランは悟った。
これは、体調が万全ではない時のリディア。
「無理していないか?」
「大丈夫です」
嘘だ。今日の「大丈夫」は信用できない。
そのまま業務を始めようとするリディアの手首を、
アランはそっと掴んだ。
「無理は、命令してでもさせない」
握った自分の手が、ほんの少し震えていることに気づく。
(守りたい。全部)
「……少し、座れ」
リディアは抵抗せず、隣の椅子に腰掛けた。
アランは自分の外套をそっと肩に掛けてやる。
「殿下……?」
「温かい方がいい」
言い訳にもならない言い訳を口にしながら、
指先がリディアの頬に触れた。
わずかに冷たい。
(……可愛くて、心配で、苦しい)
そこへ。
「おはよーございまーす!」
軽いノックと共にルカが入ってきて――
即死した。
「おいアラン!!何してんだお前!!!」
掴まれたままのリディアの手首。
外套で包まれた細い肩。
そして――距離が近すぎる二人。
アランは一切動じない。むしろ笑みが深い。
「君には関係ない」
「関係あるに決まってんだろ!!」
ルカが早足で近づこうとした、その瞬間。
「ストップ、ルカ。宰相府で走るの、マナー違反だよ」
いつの間にか背後に立っていたセラフが、
ルカの襟首をひょいと掴んだ。
「離せ!!」
「嫌だ。だって――嫉妬してる君、可愛いから」
「だっ……誰が嫉妬なんか!!」
リディアの顔が真っ赤になる。
アランは深い息を吐き、静かに宣言した。
「――これは、私の宣戦布告だ」
リディアの右手を包む自分の手に力を込めて。
「遠慮する気はない。誰に譲る気もない。
君が望むなら――すべてを捧げる」
青灰の瞳に、迷いは一滴もない。
ルカが歯噛みする。
「上等だ。俺だって……絶対に渡さない」
セラフは愉快そうに笑う。
「面白い。じゃあ僕も参加しよっか。
リディア様は、誰に抱きしめられるのが一番幸せかな?」
「せ……セラフ様!?」
ふいにセラフの指が、リディアの髪の先を軽くすくう。
そのまま、唇へ運ぼうと――したところで。
「やめろ」
アランが一瞬で距離を詰め、
セラフの手首を掴んで止めた。
二人の視線が火花を散らす。
(壊してやりたいほど、嫉妬する)
(面白い。壊してごらんよ)
空気が焼ける。
その中で、リディアの心臓は痛いほど跳ねていた。
息が止まりそうだ。
(どうして……私なんかを――?)
アランはもう一度、囁くように言う。
「私は君を守る。何があっても」
その声音に、抵抗なんてできるはずがなかった。
鐘が鳴る。
宰相府の一日が、再び始まる――。
三つ巴、開戦です。
誰も引かない、誰も譲らない。
甘くて、嫉妬で、少し痛い恋の幕が開きました。
――次回、閑話IV:誤解MAXギャグ回へ!




