第二十二話:夜明け前の盤上
王都はまだ、深い夜の底に沈んでいた。
だが、宰相府の一室だけは、薄明かりの中で静かに駒音を響かせている。
「このままでは、改革は『理想』のままだ」
アランは盤上を見据えたまま呟く。
リディアは静かに相槌を打ち、彼の手元に視線を落とした。
指先が、かすかに震えていることに気づいたからだ。
「焦りは、隙です。殿下」
「……わかっている。でも」
言葉を切ったアランの横顔は、少年らしさと、王太子の覚悟が入り混じっていた。
――その眼差しが、リディアを射抜くたび。
胸の奥が、痛む。
(どうしてこんな……)
以前なら、ただ忠誠の印として見つめられているとしか思わなかった。
だが今は――違う。
意識してしまう。
彼の真っ直ぐすぎる優しさを。
*
「リディア」
不意に名前を呼ばれ、心臓が跳ねた。
視線を向けると、アランが眉を寄せている。
「無理していないか?」
「え? あ、いえ……少しだけ、その……」
頬が熱くなる。
アランの手が伸び、リディアの手の甲に触れた。
冷たい指先が、温めるように包む。
「顔が赤い。……熱では?」
「そ、そんな、大丈夫ですから……っ」
鼓動が喉まで上がってくる。
離れなくてもいい――そんな自分が怖い。
アランが気づき始めている。
その証拠に、瞳の奥に宿る炎が、今や隠せていない。
(だめ……いま、気付かないで……)
ルカの顔が、一瞬脳裏に浮かんだ。
*
一方、廊下の陰でそれを見つめる影があった。
「……ちッ」
低い声が漏れる。
拳を強く握りしめたルカは、眉間に皺を寄せた。
(何が“無理していないか”だ。どの口が言ってんだよ)
気づいてはいけない。
気づけば――終わる。
自分が抱いた、名前のない感情が。
「あいつは王太子だ。俺と違って……お前を守れる立場だ」
苦く笑い、足元を見つめる。
そこへ背後から、ふわりと影が寄った。
「……拗ね顔の君も、悪くない」
「っ!?」
「まぁ、僕はどんな君も好きだけど?」
金糸の髪、悪戯な笑み。
セラフ・ノア=リュミエールが、楽しげに囁く。
「お前、見て楽しんでるだけだろ」
「当然。恋は観察するものだよ?」
「……殴っていいか?」
「殴る前に、まず君のその感情に名前をつけたら?」
胸が跳ねた。
認めたくない言葉を、真っ直ぐ突いてくる。
「……黙れ」
「ふふ。でも焦らないで。恋は戦いだ。
それも――王太子とのな」
そう言い残しセラフは踵を返す。
残されたルカは、夜気の中で小さく呟いた。
「……気づかれたく、なかったのにな」
*
近くの教会では、既に鐘が鳴り始めていた。
夜明けが来る。
理想と現実が衝突する、運命の朝が。
「始めましょう。殿下」
「あぁ。次の一手を」
盤上の駒が動き出す。
恋と政治――
三つ巴の戦いが、いま幕を開けた。
◇後書き
読んでくださりありがとうございます!
……はい、三つ巴、爆誕いたしました( 'ω')✨
アランは優しさに見せかけて押しが強いし、
ルカは自覚した瞬間から地獄の嫉妬ロードに入るし、
セラフは全部見抜いた上で煽るしで……
リディア、生きて……!!!!(概念の叫び)
次回は、恋と政治と嫉妬がさらに交差します。
盤上の駒だけじゃなく、
心も動き出してしまったみたいで——
それでは、また次の一手でお会いしましょう。




