第二十話:ルカの胸に落ちる影
図書塔を離れて、
ルカは外気に触れた瞬間、一度深く息を吸った。
胸の奥の痛みが、まだ消えない。
むしろ、歩くたびにじわじわ広がっていく。
(……おかしいな)
片手で胸元を押さえ、
小さく眉を寄せる。
アランが悪いわけではない。
リディアが悪いわけでもない。
誰も責めることなどできない。
それでも──
胸の奥が苦しい。
あの光景が、
何度も頭に蘇る。
リディアの俯いた顔。
アランの優しい声。
ふたりの距離。
そして、
アランが伸ばしかけた、触れない指先。
(……そんな顔を、
あの人に向けるんだ)
胸が締めつけられ、
ルカは唇をかみしめた。
理由なんて分からない。
だって、自分たちは学院の友人でしかないはずだ。
でも──
魂の奥が否定していた。
“違う”
“その位置は、私の場所だった”
“渡したくない”
理由のない叫びが、
心の奥で渦を巻く。
ルカはゆっくり歩き出した。
寮までの道は短いはずなのに、
今日は妙に遠く感じる。
夕暮れ時、淡い橙色の光の中を
ひとり歩きながら、
ぽつりと呟いた。
「……どうして、こんなに……気になるんだろう」
アランに嫉妬などしたことがなかった。
優秀で、頼りになり、
ルカが素直に尊敬できる相手。
それなのに。
(あのときだけ……どうして、あんなに――)
胸が痛む。
理由の分からない焦燥が走る。
何かを失いかけているような、
昔から大切にしてきたものが
遠くへ離れていくような──
そんな感覚。
思わず足を止めてしまった。
風が冷たく吹き抜け、
髪を揺らす。
(……リディア)
名前を思い浮かべるだけで、
胸の奥がまた痛んだ。
優しい笑顔。
真っ直ぐな瞳。
時折見せる弱さ。
近くにいたい。
守りたい。
支えたい。
それは恋なのか、
それとももっと別の感情なのか──
ルカ自身にも分からない。
ただ一つだけ理解した。
アランと並ぶリディアを見るのが、
こんなに辛いとは思わなかった。
寮の扉の前で立ち止まり、
夜空を見上げる。
(……誰かに奪われるなんて、嫌だ)
自分らしくない言葉が、
胸の奥に静かに沈んでいく。
それが
“前世の魂の疼き”だと気づくのは、
まだずっと先の話。
ただこの日を境に、
ルカの心はゆっくり、確実に
リディアへ傾き始めた。
静かに。
深く。
そして、どうしようもなく。
ルカにとって、この章は“よく分からないまま動いてしまう”回でした。
図書塔で感じた胸の痛み。
理由の分からない焦燥。
そして、
リディアのそばにいないと落ち着かない感情。
ルカ自身はまだ気づいていません。
けれど読者には、
彼の心が静かに傾き始めているのが分かるはずです。
優しい言葉の裏で揺れる嫉妬。
柔らかい笑顔の影に隠れる独占欲。
それら全部が“無意識”のまま表に出てきている時期。
まだ恋ではない。
でも、恋よりずっと深い。
前世の魂の疼きが、ようやく行動に滲み始めた瞬間。
アランに対する微かな警戒、
セラフへの説明できない違和感、
そしてリディアへの無意識の距離の詰め方。
どれも、ルカ自身が一番知らない彼の真実です。
これから、
彼の“優しさ”はそのままに、
底の方からゆっくりと
執着と痛みが形を持ち始めます。
静かに。
深く。
どうしようもなく。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
次回も、彼らの揺れる物語に寄り添っていただければ幸いです。




