幕間Ⅳ:図書塔・後日談「2cmの戦争」
翌日の学院。
図書塔での“影”の一件以来、リディアは少しだけ胸の奥に引っかかるものを抱えていた。
だが、当の本人は知らない。
この日の午後、自分がもっと訳のわからない誤解に巻き込まれることを。
* * *
昼下がりの中庭へ向かう渡り廊下。
風が抜け、淡い光が床を照らす長い回廊で、二人の少年の声が弾む。
「……おい、なんでついてきてんだよ、セラフ」
ルカの声は露骨に不満を含んでいた。
隣を歩くセラフは、いつもの穏やかな笑み。
「君、昨日からずっと気にしてるでしょう? 図書塔でのあの出来事。
リディアさんが何を思っているのか、どう考えてるのか……」
「気にしてねぇ!!」
「強がらなくてもいいんですよ。君は分かりやすいんだから」
これがまた、実に人をイラつかせる笑顔だ。
しかも歩幅まで合わせてくる。
「あと半歩下がれ!! 近ぇよ!!」
「ん? これくらい普通ですよ。ほら、君背が低いから、こっちが寄らないと話しづらいんです」
「だからって詰めすぎなんだよ!!」
わちゃわちゃしながら歩く二人を、廊下の柱の影が追いかける。
ルカはいつも通りのツッコミだが、
セラフのほうはどこか楽しそうで、完全に“獲物を見つけた”顔をしていた。
「……で、今日はどこ行くんです?」
「購買。リディアに渡す書類の追加分が――」
「へぇ。ずいぶん甲斐甲斐しいことで」
「お前、揶揄ってんだろ……!」
セラフは肩をすくめて笑った。
「そう思うのは、君が“意識しているから”ですよ?」
「し、してねぇっつってんだろ!!」
「図書塔で彼女に庇われたあと、ずっとそわそわしている君に言われても……」
「だから黙れ!!」
口喧嘩はヒートアップしつつ、二人は渡り廊下の角を曲がる。
その瞬間。
「……ん?」
セラフが立ち止まり、ルカの肩を軽く掴んだ。
反射でルカが振り返る。
視線がぶつかった。
……近い。
……やばいほど近い。
――距離、2cm。
「…………」
「…………近ェって言ってんだろうがぁぁぁ!!」
「だから、君が急に振り向いたからですよ。責任転嫁はよくないです」
「お前な……!」
ルカが顔を真っ赤にしてのけぞるそのとき――
「……お二人とも。いったい、何を……?」
「「…………ッ!?」」
廊下の入口。
リディアが書類を胸に抱え、そっと立っていた。
その顔は無表情――なのに、耳が真っ赤。
完全に誤解している人の表情だった。
「ち、違……!これは!!俺が!!コイツに!!」
「ルカ、そんなに慌てなくても……別に私は、その……誰を好きでも……その……」
「そういう問題じゃねぇぇぇ!!!!!」
ルカが全力で否定している横で、
セラフは顎に手を当て、興味深そうにつぶやいた。
「でも確かに、私たち……相性、いいと思いますよ?」
「お前は黙れぇぇぇ!!」
リディアは手に持った書類をぎゅっと抱き、目を逸らす。
「た、確かに距離は近かったです……あの、その……」
「だから違うっつってんだろ!!」
そこへ追い打ちのように足音。
「ん? 何か揉めてる?」
アランが姿を見せる。
状況を見て、ピタリと固まる。
「……あの……君たち……」
「殿下!!違うから!!本当に違うから!!」
焦るルカをよそに、アランは深い溜息をつき――
変な方向に理解した。
「……いや、その……もし……“そういう関係”なら……」
「殿下、ちげぇって!!」
「僕が王位を継いだら……同性婚……あるいはパートナーシップ制度を導入するから……安心して……」
「殿下ァァァ!! なんでそんな制度の話が今ここで出てくんだよ!!」
「いや……君たちが……生きやすいように……」
「生きづれぇわ!!!」
廊下に響く叫び声。
アランは変な決意を固め、
リディアは硬直し、
セラフはにっこり微笑み、
ルカだけが世界の終わりみたいな顔になっていた。
――その日、ルカは午後の授業すべてで、誰とも目を合わせなかったという。
* * *
次回、「ルカの胸に落ちる影」
……彼の心に生まれた“影”は、やがて本当の想いを映し出す。
読んでくださってありがとうございます!
作者です。( ‘ᾥ’ ) ←この顔じゃないと説明できない回でした。
今回は完全なるギャグ回……のつもりが、
セラフの悪魔的コミュ力と、ルカの純情、アランの変な方向への善意
が爆発し、気づけば“2cmの戦争”が勃発してしまいました。
リディアの誤解については……
次回のシリアスに地味〜に効いてくる予定です(震え声)。
この子、恋愛方面にだけバグってるので、判断が全部ズレるんですよね……。
それにしても今回は、
セラフ:楽しそうなおもちゃを見つけた猫
ルカ:誤解されると即死するタイプの一般貴族
アラン:真顔で制度を作ろうとする将来の王
リディア:ただの被害者(巻き込まれ体質)
という4人の個性が見事に噛み合ってしまい、
作者は書きながらずっと喉を鳴らして笑ってました(猫ではない)。
ちなみに、セラフの身長差と腕力のせいで、
「逆壁ドン→手首を返される」という本編では絶対に描けないシーンが生まれましたが、
このあたりは後のサイドストーリーで回収します。
(需要があることは理解した……)
そして――
アラン、落ち着け。制度を作るのは王位継承後にしてくれ。
読者の皆さんも、殿下が変なスイッチを入れないよう温かく見守ってください。
次回は少し真面目な ep.30
「ルカの胸に落ちる影」
……笑いの反動で、ちょっと切ない回になります。覚悟してください。
ではでは、本編へ戻りましょう!




