第二話:白兎は静寂の庭に
春の陽光が、まだ雪の残る庭に柔らかく差し込んでいた。
冬の間閉ざされていた屋敷にも、ようやく穏やかな風が流れ込む。
リディアは書庫の窓辺で本を閉じた。
今日読んでいたのは王国史。
七歳の少女が読むには難しすぎる内容だが、
彼女にとっては懐かしい“記憶の断片”でもあった。
(……どの時代も、争いは繰り返すのね)
その呟きに、自分でも苦笑する。
また男口調が出てしまった――前世の癖だ。
「お嬢様、そろそろお散歩の時間ですわ」
扉の向こうからミリエルの声がした。
リディアは微笑んで立ち上がる。
「ええ、今日は外の空気が気持ち良さそうですものね」
庭に出ると、残雪の間から小さな芽が顔を出していた。
冷たい空気の中に、春の香りが混じる。
「もうすぐ花が咲きますね」
ミリエルが言うと、リディアは頷きながら歩を進めた。
そのとき、花壇の影がふと揺れる。
「……?」
一羽の白兎が、雪解けの上にちょこんと座っていた。
陽光を浴びて、白銀の毛が淡く輝く。
その瞳――片方は金、もう片方は銀。
不思議なほど神秘的で、視線が離せなかった。
「まあ……綺麗」
思わず口からこぼれた言葉に、
白兎は耳をぴんと立て、こちらを見上げた。
そして、ゆっくりと近づいてくる。
「お嬢様、逃げませんわ! 人慣れしているのかしら」
リディアが膝をつくと、兎はその手のひらに鼻を寄せた。
柔らかい毛が指先に触れる。
驚くほど温かく、まるで小さな命の鼓動が伝わってくるようだった。
「……君、どこから来たの?」
囁くように問いかけると、兎はまばたきし、
まるで「ここにいる」と答えるようにリディアの膝に乗った。
「きゃっ……!」
小さな悲鳴と共に笑みがこぼれる。
ミリエルが慌てて駆け寄った。
「お、お嬢様! お洋服が汚れてしまいます!」
「いいの。……なんだか懐かしい気がするの」
リディアは兎をそっと抱き上げた。
ふわりと胸の中に納まった体は、まるで雪を抱くように軽い。
そのとき――微かな魔力のような温もりが、
腕の中から滲み出すのを感じた。
(……魔力? まさか、こんな動物が)
兎の金と銀の瞳が、静かに彼女を見上げる。
その光の奥に、一瞬、言葉にならない想いが揺らいだ。
「お嬢様、この子……どうなさいますか?」
リディアはゆっくりと微笑んだ。
「このままにしておけないわ。……屋敷で飼いましょう」
そう言って、兎の頭を撫でる。
柔らかな毛が指に絡み、胸の奥が温かくなる。
「……よろしくね、あなた」
その声に応えるように、兎が一度だけ瞬きをした。
風が庭を抜け、二人と一羽の間に春の匂いを運ぶ。
その出会いが、リディアの運命を大きく変えることになるとは、
このとき誰も知らなかった。
◇◇◇
次話予告:
「学院への道」――王都への旅立ちと、運命の歯車が動き出す。
◇◇◇
次話予告:
「学院への道」――王都への旅立ちと、運命の歯車が動き出す。
◇◇◇
【後書き】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます
リディアが出会った白兎は、まだ“ただの可愛い兎”……のはずですが、
今後、物語の鍵を握る存在になっていきます
この回では、リディアの「前世の記憶を抱えながらも女の子として生きる姿」を
少し柔らかく描いてみました。
個人的には、ミリエルの慌てっぷりもお気に入りです
明日は「学院への道」――いよいよ王都へ!
政治学院編がスタートします
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どうぞ次回もお楽しみに!
(春野 清花)




