第十八話:微睡みの朝に
朝の光は柔らかく、学院寮の窓辺から静かに差し込んでいた。
いつもならすぐに起き上がり、冷静に今日の授業計画を頭に並べるリディアだが、今朝だけは違った。
——あの夢のせいだ。
目を覚ました直後から胸の奥がざわつき、落ち着かない。
夢の中で聞いた「殿下の縁談」の言葉が、何度も反芻される。
(……くだらない。気にする必要などないはずだ)
そう思えば思うほど、心は逆に波立つ。
心臓がときどき変な鼓動を打つのも、自覚していた。
紅茶を淹れようとしたが、手元が少し震え、カップの縁をかすめて湯面が揺れた。
「……落ち着け、私」
自分に言い聞かせるように呟いた瞬間。
「リディア?」
不意に声をかけられ、リディアはびくりと肩を跳ねさせた。
振り返れば、廊下の先からアランが歩いてくるところだった。
淡い金の髪、誰よりも優しい青の瞳。
いつも通りの姿なのに——近づいてくるだけで、胸が妙に苦しい。
「殿下……おはようございます」
「おはよう。……どうした? なんだか顔色が優れないようだが」
アランは迷いなく距離を詰めてきて、覗き込むように視線を合わせてくる。
その仕草に心臓が跳ね、リディアは思わず一歩後ずさった。
「い、いえ。寝不足なだけです。お気になさらず」
「寝不足? 珍しいな。……何かあったのか?」
(……殿下の“縁談”が夢に出てきて、動揺したなど——言えるわけがない)
喉の奥で言葉が詰まり、リディアは視線を逸らす。
だが、アランはリディアの表情を逃すような男ではなかった。
「……本当に何もない? 俺に隠しごとなんて、似合わないぞ」
柔らかな声。
けれど、核心に触れるような真っ直ぐな眼差し。
胸が、また苦しくなる。
(どうして……どうして私が動揺していることに、そんな簡単に気づくのですか)
心の声は決して口に出せない。
ただ、黙って唇を結ぶリディアを見て、アランは小さく息をついた。
「……リディア。困っているなら言ってくれ。俺は、君の力になりたい」
その一言が、ぐらりと心を揺さぶった。
夢の中で聞いた“殿下の縁談”。
それに胸が痛んだ理由。
そんなの——わかっている。
けれど、認めたくない。
(私は殿下に……どんな感情を抱いているのだろう)
胸の奥が、熱いのか苦しいのか判断できない。
「殿下……本当に、大丈夫です。心配をおかけしてすみません」
小さな声でそう返すと、アランはまだ納得し切れない顔で、それでも優しく微笑んだ。
「わかった。……けれど、無理はするな。君が倒れたら、俺は——心穏やかではいられない」
「……殿下?」
意味深な言葉。
けれど、深く問う前にアランはそっと視線を逸らした。
「さあ、行こう。……今日も忙しい一日になる」
リディアの胸のざわめきは、夢の余韻などではなく、確かに現実としてそこに居座り続けていた。
(……この感情は、いったい……)
答えはまだ出ない。
けれど、確かに——殿下が“誰かのものになる”という想像だけで、胸が締めつけられる自分がいた。
朝の光の中、リディアは小さく息を吸い、歩き出した。
その横で、アランの歩幅はいつもよりほんの少しだけ、ゆっくりだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
第18話は、リディアの “自覚前の揺らぎ” を中心に描いてみました。
夢に出てくるほど気にしているのに、本人だけがその理由を認めない……
このじれじれ感を書くのが楽しくて仕方ありません。
アランの方はというと、すでに気持ちはほぼ自覚済みなので、
リディアの様子がおかしいだけで簡単に動揺するという……
彼の恋愛偏差値の高さと、リディアへの過保護っぷりが
今後ますます加速していく予定です。
次回からは、学院内の空気も少しずつ変わっていきます。
新章《学院政局編》の序盤として、
政治・陰謀・そして恋の温度差が入り乱れる回になるので、
どうぞお楽しみに。
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また次話でお会いしましょう。




