第二章:学院政争編 ―揺らぐ理と恋の気配―
アスティリア王立学院に、季節の移ろいよりも早く、微かな風の変化が訪れていた。
入学からの穏やかな日々は、もう終わりを告げようとしている。
それは誰もが気づかないほど静かで、しかし確実に学院全体へ広がりつつある“揺らぎ”だった。
リディア・アルヴェーヌは、その中心にいた。
銀灰色の髪を揺らし、冷静な眼差しで膨大な資料と議事録を読み解く姿は、
すでに学院生という枠に収まらない。
宰相候補としての才覚──いや、前世レオナール・ヴァイスとしての記憶が、
無意識のうちに彼女の判断を磨いでいた。
学院での政治は学問ではない。
若き貴族たちが己の未来を賭けて争う、実戦そのものだ。
その厳しさを、彼女は誰より深く理解していた。
だからこそ、変化に気づいた。
学院内で起きはじめた微かな対立の芽。
小さな噂話。
すれ違う視線の色。
それらが、やがて大きな渦へ育つことを。
──同時に、彼女自身にも、説明のつかない“揺らぎ”が生まれはじめていた。
それは、アラン・セリーヌの存在だ。
王太子でありながら、誰より誠実で温かな青年。
政治への理想、国への想い、その全てが真っ直ぐで眩しい。
しかしリディアは、自分の胸に芽生えた感情に名前をつけられずにいた。
恋か、憧れか、あるいは前世の影なのか──
彼女自身、まだ分からない。
一方アランは、もっと単純に、もっとまっすぐに心を乱されていた。
政務も剣の鍛錬も身につかないほど、気づけば彼女を目で追ってしまう。
彼の思考の中心には、いつも銀の瞳の少女がいる。
それがどれほど危険なことか、本人だけが気づいていない。
だが、恋の気配を孕む“揺らぎ”だけではない。
学院の裏では、貴族家同士の思惑が絡み合い、
新たな派閥形成の気配が生まれていた。
王都でくすぶる政変の火種が、学院に飛び火するのは時間の問題──
そんな予感が、リディアの背に冷たいものを走らせる。
そして、彼女と深い因縁を持つ人物たちも、
それぞれの思惑と未完成な感情を抱えたまま、静かに動き始める。
前世の影が揺らぐとき、
現在の恋と未来の政治が交差し、
学院はこれまでとは違う色を見せ始めるだろう。
──これは、“理性の少女”と“理想の王太子”が、
初めて同じ渦に足を踏み入れる章。
そして、彼らがまだ知らぬまま、
“運命”という名の嵐が静かに近づいていた。




