第十五話・前編:黎明派の影
王都の空は、夜と朝の狭間に沈んでいた。
霧が塔の輪郭をぼかし、遠くの鐘が一度だけ低く鳴る。
その音を合図にしたかのように、宰相府の執務室では一本の蝋燭が灯された。
リディア・アルヴェーヌは、机に並ぶ報告書の一つを開いた。
封蝋には、赤い印。
アラン直属の近衛、レオン・ハーゲンからの極秘文書だった。
そこには、彼女が放った“罠”の結果が記されている。
黎明派と取引していた商会の帳簿に、偽の数字を混ぜ――敵の動きを引き出す。
成功のはずだった。
だが、報告の末尾には一行、不可解な文字が並んでいた。
『対象者、行方不明。追跡不可能。』
「……逃げた?」
リディアは小さく呟く。
レオンが静かに首を横に振った。
「“逃げた”というより、“消えた”と表現すべきかと。痕跡がありません。」
紙の上の文字を、リディアは指でなぞる。
自分の策が、相手の策略に飲み込まれた――そんな既視感が胸を刺した。
(……まるで、前世の再現ね)
「罠に気づかれた?」
「あるいは、こちらの意図を、最初から読まれていたのかもしれません」
レオンの低い声に、リディアの唇がわずかに歪んだ。
「――なら、もう一手。彼らが“黎明”を名乗るのなら、私は“影”として動くまでです」
その言葉に、レオンが息を呑んだ。
だが、彼女の瞳に宿る光は、恐れではなく確信の色だった。
そこへ、扉が軋む音。
アラン・セリーヌが姿を見せた。
「夜更けまで仕事か、リディア。君は太陽よりも先に起きているな」
穏やかな声。けれどその奥には、張り詰めた気配がある。
「殿下こそ、休まれた方がよろしいのでは?」
「君が動くなら、僕も眠れない」
軽口のようで、目は真剣だった。
アランは机上の地図を見つめ、指で王都の南をなぞる。
「黎明派の動きが南区から北上している。
彼らの資金源が暴かれるのも時間の問題だ。……だが、君の手は危うい」
「政治とは、危うさを飼い慣らすことですわ」
「……本当に、君は僕の隣にいるべき人だ」
その言葉を、リディアは政治的な賛辞としか受け取らない。
アランが小さく笑い、窓の外を見やる。
霧の向こう、塔の上に一筋の光が走る。
「夜が明けるな」
「ええ。けれど――夜明けが一番、危険です」
リディアが言い終えると同時に、外の街路で馬の蹄音が響いた。
闇の中を、黒い外套の影が駆け抜けていく。
『“宰相候補”か……面白い。ならば、こちらも動こう。』
黎明派の影が、王都を包み始めていた。
* * *
To be continued.
【後書き】
ここまでお読みいただきありがとうございます!
ついに、黎明派の動きが本格化しました。
今まで“学院”という小さな舞台だった政治戦が、
いよいよ“王都”という大盤へと移行していきます。
そしてリディアが“宰相候補”としての顔を見せた今回。
彼女の一手は正しかったのか、それとも――
相手の罠に、知らず足を踏み入れたのか。
アランもだいぶ“王”の顔を見せ始めてますが、
リディア本人はまだ恋心にも気づいてません(笑)
──この温度差が政治より危険。ほんとに。
次回、第十五話後編では、
黎明派の視点と“もう一つの影”を描きます。
王都の闇の中で、誰が真実を掴むのか……お楽しみに!




