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【二度目の政治は、恋に厳しい】〜宰相令嬢リディアの奮闘録〜  作者: 春野 清花
第六章 理外之情編

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第百四十四話:王の裁定


 静寂が、場を満たす。


 誰も動かない。


 誰も口を開かない。


 ただ。


 言葉だけが、そこに残っている。


 ――貴方の隣に、立ちたい。


「……」


 アランの呼吸が、わずかに乱れる。


 青灰色の瞳が、揺れる。


 そのまま。


 一歩、踏み出す。


 距離が、消える。


「……リディア」


 低く、呼ぶ。


 確かめるように。


 返事はない。


 だが。


 視線は、逸れない。


 それで、十分だった。


 次の瞬間。


 腕が伸びる。


 迷いなく。


 引き寄せる。


「――っ」


 抱き寄せる。


 強く。


 逃がさないように。


 リディアの体が、わずかに揺れる。


 だが。


 拒まない。


 そのまま。


 腕の中に収まる。


「……」


 言葉は、出ない。


 それでも。


 もう、離さない。


 離す理由が、ない。


 ようやく。


 掴んだものだから。


 その背に、腕を回す。


 確かめるように。


 抱き締める。


「……殿下」


 かすかな声。


 胸元で、揺れる。


「ああ」


 短く、返す。


 それだけで。


 すべてが、通じる。


 場の空気が、動く。


 抑えられていたざわめきが。


 ゆっくりと広がる。


「……殿下」


 控えめな声。


 ギーゼロッテだ。


 その笑みは、崩れていない。


 だが。


 その奥に、硬さがある。


「ご説明をいただけますか」


 丁寧に。


 だが、逃がさない声音。


「本日の顔合わせの席において」


「このような振る舞いは、いささか――」


「不要だ」


 遮る。


 低く。


 はっきりと。


 アランの腕は、離れない。


「……」


 ギーゼロッテの視線が、わずかに鋭くなる。


「この者は」


 一拍。


 迷いなく。


「私の想い人だ」


 先ほどと同じ言葉。


 だが。


 今度は。


 腕の中で、示す。


 否定の余地は、ない。


「本日の件については」


 続ける。


 視線を逸らさずに。


「私から、改めて説明する」


 それだけだった。


 それ以上は、言わない。


 必要がないからだ。


「……」


 ギーゼロッテは、何も言わない。


 ただ。


 静かに、一礼する。


 それが、答えだった。


 そして。


「――十分だ」


 低い声が、場を断つ。


 国王だった。


 すべてを見ていた視線。


 揺るがない。


「……アラン」


「は」


「その意思は、変わらぬか」


 問いは、短い。


 だが。


 重い。


 王としての確認。


「……変わりません」


 即答だった。


 迷いは、ない。


「……そうか」


 国王は、わずかに頷く。


 そのまま。


 一歩、前へ出る。


 場が、さらに静まる。


「では」


 一拍。


 その言葉が。


 すべてを決める。


「――」


 裁定が、下される。


 国王――グランディル・アスティリアは、ゆっくりと口を開く。


「裁定を下す前に……」


 一拍。


 視線を巡らせる。


 場の全員に向けて。


「法を変えねばならんな」


 ざわめきが走る。


「王妃と」


 そして。


「宰相を、兼任できる法を」


 その言葉は。


 重く。


 だが。


 揺るがない。


 決定として、落ちる。


「……」


 リディアが、息を呑む。


 アランもまた。


 言葉を失う。


 それは。


 想定の外だった。


 政治でも。


 慣習でもなく。


 ただ。


 目の前の選択を。


 通すための。


 王の一手。


 そして。


 父の、決断だった。

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