第百二十四話:ずれの正体
中庭を後にする。
喧騒へ戻る足取りは、いつもと変わらないはずだった。
(……変ね)
リディアは、ほんの僅かに眉を寄せる。
理由は分からない。
ただ。
どこかが、ずれている。
先ほどの会話。
殿下の言葉。
視線。
(……あの色)
青灰色。
わざわざ口にするほどのことでもない。
だが。
わざわざ口にした。
(……なぜ?)
答えは出ない。
出るはずもない。
「お嬢?」
隣でカイルが覗き込む。
「どうした?」
「……何でもないわ」
「そうか?」
距離が近い。
変わらない。
それが、今は。
少しだけ、気になる。
「……」
足を止める。
「ん?」
「……カイル」
「おう」
「貴方、いつもこんな距離だったかしら」
「は?」
きょとんとする。
「いつもだろ」
即答だった。
迷いも、違和感もない。
「……そう」
リディアは、それ以上言わない。
言えない。
それが普通だと言われれば。
否定する理由がない。
(……では)
なぜ、先ほどは。
違うと感じたのか。
答えは、出ない。
◆
「……珍しいな」
声がかかる。
ルカだった。
「一人か」
「ええ」
「カイルは?」
「先に戻ったわ」
「へぇ」
軽く頷く。
視線が、わずかに鋭くなる。
「……で?」
「何が?」
「何かあった顔してる」
「……そう?」
「分かりやすい」
即答だった。
リディアは、ほんの少しだけ視線を逸らす。
「……殿下が」
ぽつりと零れる。
「おかしいのよ」
「は?」
ルカの眉が動く。
「様子が、少し」
「……ああ」
納得したように息を吐く。
「やっと気付いたか」
「気付いた?」
「自覚したんだろ、あいつ」
「……何を?」
本気で分かっていない声だった。
ルカは、一瞬だけ黙る。
それから。
わずかに、視線を逸らす。
「……いや」
「?」
「何でもない」
誤魔化すように言う。
だが。
すぐに、戻す。
まっすぐに。
「……なぁ、リディア」
「なに?」
「お前さ」
一拍。
「距離、近すぎるんだよ」
「……?」
意味が分からない。
「誰に対しても」
「……普通よ」
「普通じゃねぇ」
即答だった。
「少なくとも」
一瞬、言葉を選ぶ。
「……あいつにとってはな」
「……?」
さらに分からない。
だが。
引っかかる。
何かが。
確かに。
「……まぁいい」
ルカが、肩をすくめる。
「そのうち分かる」
「……」
納得はしない。
だが。
否定も出来ない。
胸の奥に。
小さな違和感が、残る。
(……何なのかしら)
分からないまま。
消えないまま。
それは、そこにあった。




