第百二十一話:整いすぎた形
音楽が終わる。
拍手が、広間に広がった。
自然と距離を取る。
礼を交わす。
それで終わり。
――のはずだった。
視線が、残る。
リディアはそれを、正確に認識していた。
好奇。
評価。
そして。
――確信。
(……見られているわね)
数ではない。
質だ。
ただの注目ではない。
意味を持った視線。
「お見事でしたわ」
近くの令嬢が声をかける。
「とてもお似合いで」
「ありがとうございます」
形式通りに返す。
違和感は、そこにあった。
(……お似合い?)
思考が一瞬だけ止まる。
だが。
深く考える前に、次の声。
「まるで最初から決まっていたかのようでしたわ」
微笑み。
含みのある言い方。
「……そうですか」
曖昧に返す。
否定する理由も、肯定する理由もない。
ただ。
理解できないだけだ。
「……」
わずかに、空気が揺れる。
言葉の裏にあるものが、変わる。
視線が、鋭さを帯びた。
「随分と、堂々としていらっしゃいますのね」
今度は、別の令嬢。
柔らかい声。
だが。
その奥にあるものは、明確だった。
「そうでもありません」
リディアは、静かに答える。
意味は、分からない。
だが。
何かが違うことだけは、感じていた。
――その時。
「………私の妹に、なにか御用でしたら、まずは私たちを通してもらいませんと」
静かな声が、割って入る。
セシリアだった。
わずかに、一歩前へ。
それだけで。
空気が変わる。
「まぁ、お姉様。そんなに威圧しては、逃げられてしまいますわ」
アメリアが、やわらかく続く。
だが。
逃げ場は、既にない。
「お二人とも、大丈夫ですわよ」
さらに。
別の声。
アルヴィナが、優雅に微笑む。
「……まぁ、私の義妹になる予定の、可愛い可愛いリディア嬢に、手を出す者は、誰であろうと容赦は致しませんが」
完全に、終わっていた。
「……?」
リディアだけが、状況を理解していない。
「お姉様!?アルヴィナ殿下!?」
「まぁ!!!」
アルヴィナが嬉しそうに声を上げる。
「お姉様だなんて、そんな……!!!」
「多分、姉上のことでは無いかと」
静かに差し込まれる声。
アランだった。
「アラン」
温度が落ちる。
「すみませんでした」
即座に頭を下げる。
反射だった。
わずかな沈黙。
そして。
「……俺、一応、王太子、なんですが………」
小さな主張。
一瞬の間。
「「「なんですって?」」」
空気が凍る。
「このヘタレが」
誰が言ったのかは分からない。
だが、否定はされなかった。
「理不尽だ………」
小さく呟く。
誰にも届かない。
「アラン」
アルヴィナが、再び名を呼ぶ。
今度は、真っ直ぐに。
「ここで貴方が出てきたら、リディア嬢の立場は更に悪くなる」
はっきりとした声音。
「……王太子の立場を、わきまえなさい」
逃げ場のない言葉だった。
アランは、息を呑む。
「出てきたかったら――」
一拍。
「さっさとプロポーズすることね」
「ぷ、ろ……!!!??」
思考が、止まる。
「え、アラン」
アルヴィナが、目を細める。
「貴方、もしかして――自覚、なし?」
「……」
否定できない。
言葉が、出ない。
今、初めて。
理解したのだから。
(……あ)
胸の奥にあったものが。
名前を持つ。
曖昧だったものが。
形になる。
(俺は――)
視線が、動く。
探す。
ラベンダー。
銀。
青灰色。
そこにいる。
何も知らないまま。
ただ、そこに。
(……好きだ)
ようやく。
本当に、ようやく。
理解した。
(……遅いだろ……)
喉の奥で、言葉が消える。
「……気付いたみたいね」
アルヴィナが、小さく息を吐く。
「本当に、手のかかる弟だこと」
満足そうに。
そして。
どこか、優しく。
アランは、何も言えない。
ただ。
立ち尽くしていた。
整いすぎた形の中で。
ようやく。
一つだけ。
遅れて、動き始めていた。




