第百二十話:その色の意味
音楽が、静かに変わる。
ざわめきが一段落ちる。
視線が、自然と中央へ集まった。
王太子の舞踏。
誰もが、それを待っている。
リディアは一歩、前に出た。
躊躇はない。
役割は理解している。
この場において、自分が何を求められているのかも。
――問題はない。
そう判断する。
その時。
正面から、歩み寄る気配。
止まる。
距離、数歩。
視線を上げる。
アランが、そこにいた。
「……リディア嬢」
いつも通りの声音。
少しだけ硬い。
「殿下」
淀みなく礼を返す。
形式通り。
完璧に。
アランが手を差し出した。
「一曲、お願いできますか」
決まりきった言葉。
だが。
その手は、わずかに強張っていた。
「喜んで」
リディアは迷いなく手を取る。
触れた瞬間。
ほんの一瞬だけ、間が生まれた。
だが、それだけだ。
すぐに形を整える。
距離を保つ。
視線を合わせる。
舞踏が、始まった。
音楽に合わせて、自然に体が動く。
ステップ。
回転。
無駄のない流れ。
完璧だった。
(……問題ない)
リディアは内心で確認する。
全て、想定内。
――そのはずだった。
「……似合っている」
低く、落ちた声。
ほんの僅かに遅れて、届く。
「そう?」
リディアは軽く返す。
視線は外さない。
ただ、事実として受け取るだけ。
その瞬間。
アランの視線が、わずかに揺れた。
ほんの一瞬。
だが確かに。
リディアは気付かない。
気付く理由がない。
ただ。
何気なく。
自分の髪に触れた。
ラベンダー。
銀。
そして。
青灰色。
(……あ)
指先が止まる。
思考が、一拍遅れる。
(……この色)
視線が、わずかに揺れた。
目の前。
アランの瞳。
青灰色。
繋がる。
(……そういうこと?)
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
理解が、追いついた。
意味が。
意図が。
分かってしまった。
「……っ」
ほんの僅かに、呼吸が乱れる。
だが、崩れない。
崩さない。
動きはそのまま。
完璧なまま。
ただ。
胸の奥が、少しだけ熱を帯びた。
アランは何も言わない。
言えない。
ただ、見ている。
ほんの僅かに。
期待と、恐れが混ざった視線で。
リディアは、何も言わない。
言わないまま。
そのまま、視線を戻す。
「……綺麗な色ね」
ぽつりと、呟く。
それだけだった。
それ以上は、言わない。
言葉にはしない。
だが。
否定もしなかった。
アランの呼吸が、わずかに止まる。
次の瞬間。
視線を逸らした。
耐えきれなかったみたいに。
(……あーあ)
壁際で、それを見ていたルカが小さく呟く。
「……ようやく、ですか」
セラフが静かに言う。
「遅ぇよ」
「そういうものなのでしょう」
温度差のある会話。
だが。
視線の先は同じだった。
舞踏は続く。
音楽も。
人の流れも。
何も変わらない。
それでも。
確かに。
何かは、変わっていた。
ほんの少しだけ。
確かに。




