第十三話:暁の策謀
王都の空を、鈍色の雲が覆っていた。
春の陽射しが隠れ、街は薄い霧に沈む。
宰相府の執務室。
整然と並んだ書類の束を前に、リディア・アルヴェーヌは静かに息を吐いた。
「――黎明派、商会連盟を完全に掌握したようです」
低く落ち着いた声が室内を満たす。
報告したのは、王太子直属の近衛、レオン・ハーゲン。
彼の手にある報告書には、複数の印章と数字の列。
資金の流れを示す図は、まるで蛇が絡み合うように複雑だった。
「宰相府の監査網を避けて、第三商会経由で王都に資金を――」
「つまり、“理想”の名で税を動かしている、というわけですね」
リディアの目が冷たく光る。
アランはその隣で腕を組んでいた。
金の瞳がわずかに揺れる。
「彼らはただの改革派ではない。
王権を“透明化”し、民に“選ばせる”という幻想を利用している。
理想を掲げて、支配を隠す――それが黎明派だ」
その言葉に、リディアはゆっくりと頷いた。
彼女の指先が机上の地図をなぞる。
赤い印が散る王都の図。
そしてその線の隙間に、彼女だけが見える“抜け道”があった。
「……殿下。敵が理想を信じるのなら、私たちは“現実”を使うべきです」
「現実?」
「嘘の報告を流しましょう。黎明派の資金源を一つ、わざと暴きます。
焦った彼らが動けば、もう一つの手が見える」
その提案に、室内の空気が変わった。
レオンが目を見開く。
アランはしばらく沈黙し――やがて、静かに笑った。
「大胆だな。君らしい」
「殿下が止めないのなら、実行します」
「止めない。……だが、気をつけろ。理想は牙を持つ」
短い沈黙。
リディアは小さく微笑む。
その微笑みは、少女のものではなく――宰相のものだった。
「政治とは、牙を立てた理想を飼い慣らすことです」
窓の外、曇天の隙間から光が差す。
暁のようなその光が、彼女の横顔を照らした。
* * *
夜。
人影まばらな路地を、フードを深くかぶった少女が歩く。
腕の中には小さな革の包み。
その中には、黎明派の偽の帳簿。
そして、曲がり角の先で――彼女を待っていたのは、
片目を隠した青年だった。
「宰相令嬢が、こんな場所に何の御用で?」
「あなたが“情報屋”エルデンね」
彼が笑う。
冷たくも艶やかなその笑みは、夜の獣のようだった。
「ええ。噂は聞いてますよ、アルヴェーヌ嬢。
“理想をも操る女”ってね」
リディアは目を細めた。
黎明派との戦いは、まだ始まったばかり。
* * *
To be continued.
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
第十三話「暁の策謀」は、リディアが“政治家としての初手”を打った回でした。
これまで受け身だった彼女が、初めて自分の意志で動く。
その一手が、今後の政局を大きく揺らすことになります。
次回からは、彼女の策がどんな波紋を生むのか。
そして新たに登場した“情報屋”エルデンが、
どんな立ち位置を取るのか――どうぞお楽しみに。




