第百十七話:渡せない贈り物
話は遡ること、二週間前。
王都。
王城の一室。
アランは机に向かっていた。
「……無理だろ……」
ペンを持ったまま、固まっている。
目の前には、一通の手紙。
何度も書き直された跡がある。
インクの滲み。
破られた紙。
丸めて捨てられたものが、足元に転がっている。
「……何て書けばいいんだ……」
低く呟く。
相手は。
辺境伯。
リディアの父。
(無理だろ……普通に考えて……)
頭を抱える。
だが。
それでも。
机の端に置かれた、小さな箱に視線が落ちる。
青灰色の髪留め。
何度も手に取って。
何度も戻して。
結局、ここにある。
(……似合うと思っただけだ)
それ以上でも、それ以下でもない。
そう言い聞かせる。
だが。
それを自分で渡すことは、出来ない。
(……だからって、父親に頼むのかよ……)
常識が、全力で止めてくる。
だが。
それでも。
「……っ」
ペンを握る手に、力が入る。
逃げる理由はいくらでもある。
だが。
やらない理由には、ならなかった。
深く息を吐く。
そして。
書き始める。
丁寧な文面。
形式的な挨拶。
王太子として、問題のない文章。
その中に。
ほんの一行だけ。
私的な願いを紛れ込ませる。
「……これでいい……」
書き終えて、目を閉じる。
逃げ道は、もうない。
小箱を手に取る。
少しだけ迷って。
それでも。
手紙と共に、封をした。
――数日後。
返事は、すぐに来た。
簡潔な文面だった。
形式的で。
無駄がなく。
そして。
拒絶も、されていなかった。
「……通った……?」
思わず呟く。
信じられない、という顔だった。
許されたのか。
見逃されたのか。
あるいは。
ただ、処理されたのか。
分からない。
だが。
結果として。
手は、届いた。
それで、十分だった。
(……いや、十分なわけないだろ……)
すぐに否定する。
届いたところで。
それをどう受け取るかは、別の話だ。
意味が伝わるとは限らない。
そもそも。
(……気付かれたら、終わりだろ……)
小さく呟く。
矛盾している。
だが。
それでも。
止められなかった。
「……何やってんだ、俺は……」
額を押さえる。
ため息が落ちた。
それでも。
やらなかった後悔よりは、マシだと思った。
――そして、現在。
ルカの言葉が、頭の中で反芻される。
「似合ってたぞ」
「……」
目を閉じる。
思い出してしまう。
ラベンダー。
銀。
そして。
青灰色。
「……」
言葉にならない。
ただ一つ。
確かなのは。
(……見てしまった)
それだけだった。




