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【二度目の政治は、恋に厳しい】〜宰相令嬢リディアの奮闘録〜  作者: 春野 清花
第四章 デビュタント編

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第百十六話:贈り物

部屋に戻ると、見慣れない箱が置かれていた。


 大きい。


 いや、正確には――長い。


 上質な布で包まれ、丁寧に紐が結ばれている。


(……嫌な予感しかしないわね)


 リディアは一瞬だけ立ち止まった。


 だが、見なかったことに出来る大きさではない。


「ミリエル」


 声をかけると、すぐに扉の向こうから返事があった。


「はい、お嬢様」


 入ってきた侍女は、いつも通り落ち着いた様子で一礼する。


 そして、当然のようにその箱へ視線を向けた。


「届きました」


「何が?」


「ドレスでございます」


 即答。


 迷いがない。


 つまり確定事項。


 リディアは目を細めた。


「……早くない?」


「辺境伯家からでございます」


「でしょうね」


 納得しかない。


 あの父が、こういう場で遅れるとは思えない。


 思えないが。


「……私、サイズなんて送った覚えがないのだけれど」


「私が送っております」


 さらりと言った。


「事前に測定しておりましたので」


「……いつの間に」


「普段のお召し物から推測し、必要箇所は直接確認いたしました」


 淡々と。


 あまりにも自然に。


(出来る侍女すぎるでしょう)


 リディアは小さく息を吐いた。


「開けても?」


「もちろんでございます」


 ミリエルが一歩下がる。


 リディアは紐を解き、布を外した。


 中から現れたのは。


 ラベンダー色のドレスだった。


 柔らかな紫に、銀の刺繍が光を受けて静かに輝く。


 無駄がない。


 だが、圧倒的に上質。


 静かに、目を奪う。


「……」


 言葉が、出なかった。


 ミリエルが一歩近づく。


「お嬢様の髪色と瞳に合わせて選ばれております」


「……でしょうね」


 そうとしか思えない。


 あの人が。


 父が。


 適当に選ぶはずがない。


(本当に、抜け目がないわね……)


 呆れたように、内心で呟く。


 この手配の速さ。


 この精度。


 辺境伯家としての体面を考えれば、当然ではある。


 むしろ遅れる方がおかしい。


 そう判断して、納得する。


 そこに、特別な感情を見出すことはなかった。


「着てみられますか?」


「……そうね」


 リディアは頷いた。


 ミリエルが手際よく準備を始める。


 数分後。


 鏡の前に立った自分を見て、リディアはわずかに目を細めた。


 ラベンダー色のドレス。


 柔らかな紫に、銀の刺繍が光を受けて静かに輝く。


 髪色と瞳――その両方を引き立てるように作られた、完成された装い。


 その中に。


 青灰色の髪留めが、一点。


 異質でありながら、不思議と調和している。


 目立たないはずなのに、なぜか視線を引く色。


 まるで。


 静かに、そこに在ることを主張しているみたいに。


 リディアはわずかに首を傾げた。


(……青灰色?)


 ドレスの色味とは外れている。


 悪くはない。


 むしろ調和している。


 だが――


(なぜこの色を?)


 一瞬だけ考える。


 すぐに結論は出ない。


 実用性でもない。


 偶然でもなさそうだ。


 ならば意図があるはずだが。


(……まぁ、いいわ)


 深くは追わない。


 似合うのは事実だ。


 それで十分だと、判断した。


(……面倒なことになりそうね)


 ため息が一つ、落ちた。


 その時。


 扉がノックされた。


「……誰?」


「俺だ」


 短い声。


 ルカだった。


「どうぞ」


 入ってきたルカは、一瞬だけ固まった。


「……へぇ」


 じっと、リディアを見る。


「似合ってるな」


「そう」


 あっさり返す。


 だが視線は逸らさない。


「で?」


「ん?」


「用件」


 無駄を省く。


 ルカは肩をすくめた。


「これ」


 ポケットから、小さな箱を取り出す。


 無造作に差し出した。


「……何それ」


「つけてけ」


 それだけ。


 説明が足りない。


 だが、ルカらしい。


 リディアは箱を受け取る。


 開ける。


 中には、首飾りが入っていた。


 青灰色。


 深く、落ち着いた色。


 見覚えのある色。


(……どこかで見たような)


 記憶を辿るが、はっきりとは掴めない。


「……これ」


「似合うと思ってな」


 ルカはあっさり言う。


 嘘はない。


 だが。


 全部でもない。


「誰の?」


 リディアが問う。


 ルカは一瞬だけ目を逸らした。


 ほんのわずかに。


 だが確かに。


「……さぁな」


 とぼけた。


(分かりやすいわね)


 リディアは小さく息を吐いた。


 だが、追及はしない。


 意図があることだけ分かれば十分だ。


「つけるか?」


「ええ」


 リディアは首に手をやる。


 ミリエルがすぐに動いた。


 慣れた手つきで、首飾りをつける。


 ラベンダーと銀の中に。


 青灰色が、一点。


 静かに主張する。


 リディアは無意識に、その首飾りに触れた。


 一瞬だけ。


 すぐに手を離す。


「……どう?」


 鏡越しに問う。


 ルカは少しだけ目を細めた。


「いいな」


 短く答える。


「目立つ」


「そう」


 リディアは小さく笑った。


 悪くない。


 むしろ。


(……面白いわね)


 そう思った。


 その色の意味も含めて。


 まだ分からない。


 だが。


 いずれ分かる気がした。


「殿下、死ぬぞ」


 ルカがぼそっと言う。


「……目立つからでしょう」


 リディアは鏡越しに軽く答えた。


「こういう場で視線を集めるのは、色々と面倒だもの」


 ルカが一瞬だけ黙る。


「……まぁ、そういう意味でもな」


 曖昧に濁した。


 数秒の沈黙。


 ふと、ルカが口を開く。


「……お前、順調に行けば王妃になるんじゃね?」


 あまりにも軽い口調だった。


 だが、その言葉に。


 リディアの思考が、わずかに止まる。


「………もし」


 一拍。


「……もしもよ?」


 視線を鏡に落としたまま、続ける。


「……私が王妃になることがあれば、宰相になれないじゃない」


 ルカが、ほんのわずかに目を細めた。


「………そっか………」


 短く呟く。


 そして。


「まぁ、いざとなりゃ、俺が婿入りしてやるよ」


 あっさりと言った。


「俺、男爵家だしな。辺境伯家に婿入りするのも悪くねぇなって」


 あまりにも自然で。


 あまりにも軽くて。


 まるで、明日の天気の話でもするみたいに。


 リディアは一瞬だけ、きょとんとした。


 それから。


 ふっと、笑う。


「ふふっ、なによそれ……」


 肩の力が、少し抜ける。


「ルカは前世から、そういうところだけは変わらないわよね」


「……何がだよ」


 不満げに眉を寄せる。


 リディアは少しだけ視線を逸らした。


「………ありがとう」


 小さく。


 本当に小さく。


「考えとくわ」


 ルカが、黙る。


 納得していない顔だった。


 何かを言いかけて、やめる。


「………」


 言葉が出ないまま、視線を逸らした。


 リディアは鏡に向き直る。


 ラベンダーと銀の中にある、青灰色。


 静かに揺れるその色を見ながら。


「………王妃、か………」


 ぽつりと呟いた。

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