表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【二度目の政治は、恋に厳しい】〜宰相令嬢リディアの奮闘録〜  作者: 春野 清花
第四章 デビュタント編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

145/151

第百十五話:試し

夜の学院は、静かだった。


 昼間の喧騒が嘘のように、人の気配が消えている。

 月の光が、石畳を淡く照らしていた。


 その中を、リディアは一人歩いていた。


 手には書類。


 提出期限が明日のものだ。


(……面倒ね)


 ため息が一つ落ちる。


 だが足は止めない。


 早く終わらせて、休みたい。


 ただそれだけだった。


 ――その時。


 ふ、と。


 空気が変わった。


 風が止む。


 音が消える。


(……来たわね)


 リディアは歩みを止めない。


 ただ、ほんの少しだけ視線を動かす。


「……そこにいるのでしょう?」


 返事はない。


 だが。


 気配は、ある。


 前方。


 木の影。


 ゆらりと、何かが動いた。


 次の瞬間。


 男が現れた。


 音もなく。


 影から滲み出るように。


 黒衣。


 見慣れない顔。


 だが、その目は。


 明らかに、ただの人間ではなかった。


「……」


 言葉はない。


 無駄がない。


 ただ、殺意だけがある。


(昨日とは違う)


 リディアは瞬時に判断した。


 あれは三流だった。


 だがこれは違う。


 ――本物。


 男が、動いた。


 地面を蹴る。


 一瞬で間合いを詰める。


 速い。


 だが。


「遅いわ」


 リディアが一歩引く。


 その瞬間。


 男の首筋に、何かが突き刺さった。


「――っ」


 声にならない声。


 身体が崩れる。


 数秒。


 それだけで、終わった。


 静寂が戻る。


 リディアは倒れた男を見下ろした。


「……やっぱり」


 小さく呟く。


「出てきなさい、ヴァル」


 沈黙。


 だが。


 すぐに、気配が変わる。


 背後。


 影が、わずかに揺れた。


「……気付いてたのか」


 低い声。


 振り向かなくても分かる。


 ヴァルだった。


「近すぎるのよ」


「……そうか」


 短いやり取り。


 リディアは肩をすくめる。


「で?」


「試しだな」


 ヴァルは淡々と言った。


「様子見」


「やっぱり」


 予想通りだった。


 リディアは少しだけ目を細める。


「誰の?」


 わずかな間。


 そして。


「……グレゴール」


 その名が落ちた瞬間。


 空気が、わずかに冷える。


(来たわね)


 胸の奥で、何かが静かに動いた。


「アルトゥールの犬か」


「犬、ね」


 リディアは小さく笑う。


「あなたの元上司でしょう?」


「……違う」


 短く否定。


「俺を拾っただけだ」


「そう」


 それ以上は踏み込まない。


 沈黙。


 夜風が、再び流れる。


「……次は来るぞ」


 ヴァルが言う。


「本命がな」


「でしょうね」


 リディアはあっさり頷いた。


 恐怖はない。


 ただ。


(面倒なことになったわね)


 それだけだ。


「守るの?」


 ふと、問う。


 ヴァルは一瞬だけ沈黙した。


 そして。


「……ああ」


 短く答える。


「依頼だからな」


 感情のない声。


 だが。


 その奥に、ほんの僅かだけ。


 揺らぎがあった。


 リディアは気付かないふりをした。


「そう」


 それだけ返す。


 次の瞬間。


 ヴァルの気配が消えた。


 完全に。


 リディアは一人、夜の中に残される。


 足元には、倒れた男。


 その顔を一瞥する。


「……試し、ね」


 小さく呟く。


 そして、視線を上げる。


 夜空。


 月が、静かに輝いていた。


 その遥か上。


 屋根の上。


 人の気配の届かない場所で。


 一人の男が、その一部始終を見ていた。


 グレゴール。


「……ほう」


 わずかに口元が歪む。


「思った以上だな」


 感情の薄い声。


 だが、確かに。


 興味が深まっている。


「ならば」


 ゆっくりと、呟く。


「次は、少し強めに行こう」


 夜の闇に溶けるように。


 その姿は消えた。


 誰にも気付かれずに。


 だが確実に。


 “試し”は終わった。


 そして――


 本当の狩りが、始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ