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【二度目の政治は、恋に厳しい】〜宰相令嬢リディアの奮闘録〜  作者: 春野 清花
第三章 王都政局編

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第百十一話:旧帝国の亡霊

 王都の夜は、静かだった。


 昼間の喧騒が嘘のように、石畳の通りは人影も少ない。

 遠くで鐘が鳴る。


 その音を聞きながら、一人の老人が窓辺に立っていた。


 古い屋敷。

 かつて帝国貴族が住んでいた館だ。


 今は名を変え、持ち主も変わったが――

 ここに集まる者たちの心は、昔と変わらない。


「……王都も、随分と静かになったものだ」


 老人が呟く。


 アルトゥール・ヴァイスベルク。


 旧帝国貴族派の長。


 彼の背後で、男が一礼した。


「閣下」


「どうした」


「報告が」


 アルトゥールは振り向かない。


「言え」


「学院で動きがありました」


 少しの沈黙。


「……あの娘か」


「はい。リディア・アルヴェーヌ」


 その名が出た瞬間、部屋の空気がわずかに冷える。


 アルトゥールはゆっくり振り返った。


「評議会の場で、随分と面白いことを言ったそうだな」


 男は頷く。


「はい。王太子を庇い、貴族の論を正面から否定したとか」


 老人は薄く笑った。


「若い」


 だが、その笑みは楽しそうではない。


「若い者は、すぐ理想を語る」


 窓の外を見ながら続ける。


「国を動かすのは理想ではない」


「力だ」


 静かな言葉だった。


 だが重い。


 部屋の奥に立っていた男が一歩前に出る。


 黒衣。


 長い灰色の髪。


 片目に古い傷。


 グレゴール。


「……しかし閣下」


「学院の者たちの間では、かなり評判のようです」


「民の子弟も多い」


「人気は高いと」


 アルトゥールは小さく鼻を鳴らした。


「だろうな」


 その声には皮肉が混じる。


「民はいつの時代も、夢を見る」


 そして静かに言った。


「だからこそ危険だ」


 男たちは黙る。


 アルトゥールは椅子に腰を下ろした。


「帝国の末期を思い出す」


 誰も言葉を挟まない。


「若い皇帝」


 ゆっくりと言葉を置く。


「そして若い宰相」


 その二つの言葉が落ちた瞬間、空気が重くなる。


「理想を語り」


「民を救うと言い」


「古い秩序を壊そうとした」


 老人の瞳が細くなる。


「……愚かなことだ」


 グレゴールが静かに問う。


「その宰相の名は」


 アルトゥールは答えなかった。


 代わりに、小さく笑った。


「もう死んだ男だ」


 だが、その声はわずかに低い。


「レオナール・ヴァイス」


 その名が落ちる。


 部屋の空気が凍る。


 グレゴールの口元が、わずかに歪んだ。


「……ああ」


「例の天才宰相ですか」


「帝国を壊した男」


 アルトゥールは首を振る。


「違う」


 静かに言った。


「帝国を壊したのは、あの男ではない」


 短い沈黙。


「だが」


 老人の目が鋭く光る。


「あの男は」


「確かに危険だった」


 そしてゆっくりと続ける。


「そして今」


 机の上に置かれた書類を指で叩く。


 そこに書かれている名。


 リディア・アルヴェーヌ。


「似ている」


 誰も声を出さない。


 アルトゥールは呟くように言う。


「考え方」


「物の見方」


「言葉の選び方」


 そして小さく笑った。


「まるで」


 一拍。


「亡霊だ」


 部屋の奥でグレゴールが肩をすくめる。


「幽霊話は趣味ではありませんが」


「……確かに、面白い娘ではあります」


 アルトゥールはゆっくり立ち上がった。


「学院には」


「王太子がいる」


「そして」


「宰相の影のような娘」


 窓の外を見ながら言う。


「……嫌な並びだ」


 その声は低かった。


「フリードリヒ陛下の時を思い出す」


 誰も動かない。


「若い皇帝」


「若い宰相」


「そして」


 老人はゆっくり振り返った。


「帝国は滅びた」


 重い沈黙が落ちる。


 やがてグレゴールが口を開く。


「では、どうなさいます」


 アルトゥールは答える。


「様子を見る」


 男たちが顔を上げる。


「……殺さないのですか」


 老人は首を振った。


「まだだ」


 そして静かに言う。


「確かめる」


 その瞳が細くなる。


「本当に」


「亡霊なのか」


「それとも」


 一瞬の沈黙。


「ただの少女か」


 グレゴールはゆっくりと笑った。


「承知しました」


 そして呟く。


「では」


「試してみましょう」


 その声は低い。


「亡霊かどうか」


 王都の夜は、まだ静かだった。


 だが、闇の中では


 確実に何かが動き始めている。

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