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閑話XX:王太子、尊厳を焦がす前夜


 学院の小会議室。


 本来は政治討議に使われる部屋だが、

 今夜の議題は違う。


「ホワイトデー返礼案について」


 黒板にでかでかと書かれていた。


「……俺はなぜお前たちを呼んだ」


 アランが真顔で言う。


「相談すると言ったのは殿下だろ」


 ルカが椅子を逆向きに座りながら言う。


 セラフは腕を組み、

 ユリウスは真面目に筆記具を構えている。


「父上は甘党ですから、糖度は重要です」


「そこまで具体的に言うな」


 アランが額を押さえる。


「まず確認だ」


 黒板に書く。


 第一案:マロングラッセ(手作り)


「難易度が高いですね」


 セラフが即答。


「失敗確率六割」


「そんなにか」


「殿下の料理技能を鑑みて」


「やめろ」


 ルカが笑う。


「焦げたらどうすんだよ」


「焦げない」


「根拠は?」


「気合いだ」


「一番信用できねぇ」


 ユリウスが真顔で手を挙げる。


「焦げても父上は食べます」


「やめろその父上万能説」


 アランが机を叩いた。


「……だが」


 少しだけ視線を落とす。


「完璧な物を渡したいわけではない」


 部屋が静まる。


「完璧さは、義務だ」


 王族としての。


「だが今回は――」


 言葉が止まる。


 ルカが片目を細める。


「義務じゃねぇ、って言いたいのか」


 沈黙。


 アランは顔をしかめる。


「……返礼は形式だ」


「ほう」


「だが、これは形式ではない」


 ぽつり。


「俺が渡したいから渡す」


 空気が一瞬止まる。


 ユリウスがゆっくり頷いた。


「では第三案ですね」


「第三案?」


「言葉付き」


 黒板に書き足す。


 “義務ではない”


 アランが真っ赤になる。


「書くな」


「記録は大事です」


 セラフが静かに言う。


「つまり、殿下は“気持ち”を添えたいと」


「……添えたいわけではない」


「では?」


「……必要だと思っただけだ」


「それを気持ちと言います」


 ルカがにやりと笑う。


「尊厳、焼け始めてるぞ王太子」


「焼けてない」


「焦げるなよ」


「焦げない」


「焦げる」


 ユリウスが冷静に言う。


「多少焦げても、父上は笑います」


 アランが黙る。


 その想像ができたのだろう。


 少しだけ、口元が緩む。


「……なら」


 小さく息を吐く。


「多少焦げてもいい」


「開き直ったな」


「開き直っていない」


「いや開き直った」


 セラフが締める。


「では結論」


 黒板に大きく書く。


 手作り(成功率低)

 +

 理屈を装った本音


「これでよろしいかと」


 アランはしばらく黙り、

 そして頷いた。


「……やる」


 ルカが立ち上がる。


「キッチンは俺が確保しといてやる」


「なぜだ」


「面白そうだから」


「動機が不純だ」


 ユリウスがにこりと笑う。


「父上はきっと喜びます」


 その一言で。


 アランは完全に覚悟を決めた顔になった。


「……焦がすなよ」


「焦がさない」


 夜は更ける。


 王太子の尊厳と共に。

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