第百四話:閉ざされた灯りの中で
王城の廊下を歩く足音は、必要以上に響いた。
討議は終わった。
勝ったわけでもない。
負けたわけでもない。
だが、何かが確実に変わった。
「ユリウス」
振り返った少年に、アランは短く言う。
「少し、来い」
それ以上は説明しない。
私室の前で護衛を下げる。
扉が閉まる音が、やけに重い。
灯りは一つだけ。
広い部屋の半分は影に沈んでいた。
「座れ」
ユリウスは静かに従う。
向かい合う。
王太子と帝国の血。
だが今は、それだけではない。
沈黙が落ちる。
先に口を開いたのは、アランだった。
「なぜ、ああ言った」
責める声ではない。
確認する声。
ユリウスは目を逸らさない。
「父上と母上が、利用されるのが嫌だからです」
即答だった。
迷いも、照れもない。
「帝国の血を盾にされるのも」
「王太子殿下の若さを埋める道具にされるのも」
「どちらも、違う」
淡々と。
だが芯は強い。
アランは一度、目を閉じた。
「……怖くなかったのか」
小さな声だった。
十五歳の声。
「場に立つことが」
ユリウスは少し考えた。
「怖いです」
あっさりと言う。
「でも」
一拍。
「父上は、もっと怖かったはずです」
静かな言葉。
アランの指先が、わずかに動く。
「僕は、生まれる前に父を失いました」
その事実を、感情を乗せずに言う。
「だからこそ、分かります」
「守ろうとしていた人の覚悟は」
部屋の空気が、少しだけ重くなる。
アランは窓へ視線を向けた。
夜の王都。
灯りが遠くに瞬いている。
「……俺は」
言葉が続かない。
王太子としてなら、いくらでも語れる。
だが今は違う。
「奪われるのが、嫌だった」
小さな告白。
「王位ではない」
「信頼でもない」
一瞬、言葉が詰まる。
「……人だ」
誰の名も出さない。
だが、十分だった。
ユリウスはゆっくりと頷く。
「伯父上は、奪われません」
断言。
理由は言わない。
ただ、揺らがない。
アランは苦く笑う。
「守られる立場ではない」
「守らせる気もない」
そして、わずかに視線を戻す。
「だが」
一瞬、言いかけて止める。
“俺が守る”と。
その続きを、飲み込む。
まだ言葉にするには早い。
沈黙。
それでも、部屋の空気は穏やかだった。
「明日から、もっと忙しくなる」
アランが言う。
「血統派は退かない」
「なら、退かせるしかありません」
ユリウスの返答は簡潔だ。
十八歳の声。
だが揺れない。
アランは小さく息を吐いた。
「……そうだな」
王太子の背筋が、ほんの少しだけ伸びる。
十五歳の身体に、王の責任。
だが今は、ひとりではない。
灯りが揺れる。
扉の向こうには、王城の夜。
静かに、だが確実に。
戦いは続いていく。




