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第百三話:資質という覚悟


 「資質とは何だ」


 老貴族の低い声が、大広間の中央に落ちた。


 先ほどまでのざわめきが嘘のように消える。


 誰もすぐには答えない。


 問いは単純。

 だが、逃げ道がない。


 王とは何か。


 血か。

 年か。

 実績か。


 それとも――。


「資質とは、継承の安定にございます」


 別の重臣が口を開いた。


「血統の純粋性は、国の軸を揺らがせぬための要」


 杖が、石床を軽く叩く。


「若さは否定しませぬ。だが、若さは不安定でもある」


 視線が、王太子へと集まる。


「外交の場数もなく、戦場を知らず、政務の長期的判断を経ていない。これで国の未来を預けるのは――」


 言葉は途中で止められた。


 止めたのは、当の王太子だった。


「血は、過去を示す」


 アラン・セリーヌ・アスティリアの声は、穏やかだった。


 怒りはない。

 震えもない。


「だが、未来を保証するものではない」


 老貴族の眉がわずかに動く。


「未来は、選び続ける意志によってのみ形作られる」


 視線を逸らさない。


「若いという理由で疑われるならば、私はそれを受けよう」


 場が静まる。


「だが、若いという理由だけで退くことはない」


 重い。


 だが声量は変わらない。


 それが逆に、場を締めつける。


「意志だけで国は治まらぬ」


 老貴族が返す。


「覚悟のない意志は、ただの理想論に過ぎぬ」


 その瞬間。


 リディアが立ち上がった。


「覚悟は、年齢に比例いたしません」


 柔らかな声。


 だが、刃のようにまっすぐ。


「若い王が誤りだというならば、若くして国を立て直した歴代の王もまた誤りとなります」


 誰も反論しない。


「資質とは、選び続ける覚悟です」


 一歩も退かない。


「血に甘えず、年に逃げず、自らの判断に責任を負う覚悟」


 沈黙が落ちる。


 言葉は短い。

 だが、余計な飾りがない。


 その時。


 後方の席から、椅子が引かれる音がした。


 ユリウス・ヴァイス。


 深い蒼の瞳が、まっすぐ前を見据える。


「僕は、帝国の血を引いています」


 ざわめきが広がる。


 だが彼は止まらない。


「ですが、王位に興味はありません」


 明確な拒絶。


「帝国皇子として後見に立てば安定する、と言われました」


 一拍。


「それは違う」


 静かだ。


 だが揺るがない。


「血を利用する国は、いずれ血に縛られます」


 誰かが息を呑む。


「僕は席を奪うためにここにいるのではない」


 視線が、リディアへと向く。


「父上と母上が、二度と利用されない国であれば、それでいい」


 大広間が、凍る。


 私情だ、と言う者はいない。


 言えない。


 その声音があまりに真摯だったからだ。


「王太子殿下」


 老貴族がゆっくりと問う。


「それでもなお、帝国の血を傍らに置くと?」


 アランは、ほんの一瞬だけ、リディアを見た。


 視線が交わる。


 逃げない瞳。


 そして、答える。


「置くのではない」


 声は低い。


「共に立つ」


 ざわめきが再び広がる。


「血も、過去も、責任も」


「共に背負う」


 それは宣言だった。


 恋でも、情でもない。


 覚悟の選択。


「……覚悟はあると?」


 老貴族の問い。


 最後の確認。


 アランは、ゆっくりと頷いた。


「覚悟は、既にある」


 静かに。


 重く。


 逃げない目で。


 大広間の空気が、変わる。


 若さを笑っていた視線が、

 今は値踏みへと変わる。


 まだ認めたわけではない。


 だが、侮りは消えた。


 王城の高窓から、淡い光が差し込む。


 十五歳の王太子。

 二度目の魂を持つ令嬢。

 十八歳の帝国の血。


 誰も退かない。


 誰も奪わせない。


 それが、資質だ。


 静かな戦は、終わらない。


 だが――


 今日、退く者はいなかった。

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