第百二話:若さという鎖
王城大広間。
高い天井に掲げられた紋章が、静かに光を受けている。
円卓の中央に、王太子の席。
その右に重臣たち。
左に学院代表。
そして、後方に傍聴席。
公開討議――。
名ばかりではない。
視線が、数百の針のように突き刺さっている。
アラン・セリーヌ・アスティリアは、ゆっくりと席に着いた。
十五歳。
それだけで、場の空気は甘くならない。
むしろ逆だ。
「本日の議題は、王位継承に関する確認事項」
議長の声が、静かに響く。
「王太子殿下の資質、および補佐体制についての再検討である」
言葉は穏やか。
だが、意図は露骨だった。
若い。
未熟だ。
任せられない。
そう言いたいのだ。
「殿下は、いまだ十五」
最初に立ち上がったのは、白髪の老貴族だった。
「王とは、国の重みを背負う存在。経験なくして務まるものではありませぬ」
ざわめきが、ゆっくりと広がる。
アランは動かない。
「経験の不足は、補佐で補えます」
静かな返答。
「王太子としての責務は、既に果たしております」
「責務?」
老貴族は薄く笑った。
「書類への署名と、儀式への出席が、王の務めと?」
空気が、わずかに冷える。
リディアは、視線を伏せたまま耳を澄ませていた。
まだ動かない。
今は、彼の場だ。
「では問おう」
別の重臣が続く。
「殿下は、何をもって己の正統性を示される?」
正統性。
その言葉に、わずかに波紋が広がる。
血統か。
実績か。
それとも――。
「正統性は、血に宿るもの」
第三の声。
「そして、ここには“より純粋な血”が存在する」
ざわり、と視線が後方へ流れる。
黒い外套。
深い蒼の瞳。
ユリウス・ヴァイス。
帝国の血を引く少年。
「帝国の正統なる血を傍らに置きながら、なぜ若き王太子に固執するのか」
それは問いではない。
誘導だ。
「後見として立てることも可能であろう」
一瞬。
本当に一瞬だった。
間を置かず。
「彼は駒ではない」
アランの声が、場を裂いた。
速すぎた。
理屈よりも先に、言葉が出ていた。
静寂。
アラン自身が、ほんのわずかに目を見開く。
だが、すぐに整える。
「ユリウスは、帝国の血を引く。だからこそ利用されるべきではない」
今度は理屈。
だが最初の一言は、違った。
“利用するな”ではなく。
“駒ではない”。
個としての否定。
重臣たちが視線を交わす。
「では殿下は、帝国の血を退けると?」
「退けるのではない」
アランはまっすぐ前を見る。
「王とは、血の濃さではなく、国を導く意志である」
ざわめきが広がる。
「意志だけで国は治まらぬ」
「若さゆえの理想論だ」
声が重なる。
その時。
リディアが、静かに立ち上がった。
「お言葉ですが」
柔らかな声。
だが、響きは澄んでいる。
「若さを問題とされるのであれば、基準を示していただけますか」
場が、わずかに止まる。
「何歳からが王に足ると?」
「それは……」
「二十か。三十か。五十か」
淡々と続ける。
「年齢が基準であるなら、若年で即位した歴代の王は全て誤りであったことになります」
静かな刃。
血は出ない。
だが、確実に刺さる。
「王とは、何をもって王とするのか」
リディアは視線を巡らせた。
「血か。年か。それとも――資質か」
その言葉に、ユリウスの瞳が静かに揺れる。
老貴族が、ゆっくりと杖を鳴らした。
「ならば問おう」
低い声。
「資質とは、何だ?」
重い問い。
広間の空気が、張り詰める。
アランは息を吸った。
リディアは視線を落とさない。
ユリウスは、黙って前を見ている。
王城の壁が、わずかに軋むように感じた。
――資質とは、何だ。
その問いが、王国の未来を揺らしていた。




