表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/129

第百話:冷たい石の都


 王城の門をくぐった瞬間、空気が変わった。


 学院のそれとは違う。

 柔らかさのない、研ぎ澄まされた沈黙。


 石畳に足音が反響するたび、

 視線が刺さるのが分かる。


 王都。


 前世で幾度も立った場所。

 そして、崩れ落ちた場所。


 だが今の私は、宰相ではない。


 ――選んだ側だ。



「怯えているか」


 隣で、アランが問う。


 王太子殿下。


 本来なら、そう呼ぶ。


 だが。


 今ここで向き合っているのは、

 肩書きではない。


 同じ責任を背負う人間だ。


「いいえ」


 自然と敬語は出なかった。


「試されるだけでしょう?」


 灰青の瞳がわずかに細まる。


「王都は、学院より手加減しない」


「望むところよ」


 強がりではない。


 けれど。


 胸の奥が、わずかに軋んだ。



◇◇◇



 大広間では、形式的な出迎えが待っていた。


「王太子殿下、御帰還をお待ちしておりました」


 深々と礼を取る老貴族。


 その視線が、ゆっくりと横に滑る。


「そして……辺境伯令嬢」


 名前は呼ばれない。


 意図的に。


「先日の学院でのご発言、大変興味深く拝聴いたしました」


 柔らかな声音。


「“資質こそ王の条件”――でしたか」


 沈黙。


 リディアは微笑を崩さない。


「ええ」


「なるほど」


 老貴族は頷く。


「ではお尋ねします」


 一歩、近づく。


「血統は不要、という理解でよろしいのですかな」


 空気が、変わった。


 単なる問いではない。


 言葉の裏に、刃がある。


「王家の血を軽んじる思想は、

 王太子殿下の正統性を揺るがしかねません」


 視線が、一斉に集まる。


 アランへ。


 そして、リディアへ。


(……そう来るのね)


 資質論は、理屈では正しい。


 だが王都では――


 それは“血統否定”と同義に扱われる。


 つまり。


 王家の権威を削ぐ思想。


 危険思想。


 理解した瞬間、

 背筋が冷えた。


 百話で言い切った言葉が、

 ここでは爆弾になる。



「揺らぐのであれば」


 先に口を開いたのは、アランだった。


 静かに。


「それは血の問題ではなく、王の在り方の問題でしょう」


 老貴族の目が細まる。


「殿下は、血を否定なさると?」


「否定はしない」


 即答。


「だが血だけでは足りない、と言っている」


 空気が、ぴんと張り詰める。



 リディアは、息を吸った。


 逃げればいい。


 曖昧にすればいい。


 学院での発言は若さゆえ、とでも言えばいい。


 だが。


 それは、百話の自分を裏切る。



「私は」


 声が、広間に落ちる。


「血を否定しているのではありません」


 全員の視線が集まる。


「血は“始まり”です」


「ですが、“保証”ではありません」


 ざわり、と空気が揺れる。


「王を王たらしめるのは、

 生まれではなく、選び続ける覚悟です」


 沈黙。


 重い。


 学院とは違う。


 誰も拍手しない。


 誰も頷かない。


 ただ、値踏みする目だけが残る。



 老貴族が、静かに告げる。


「……明日、臨時評議会を招集いたします」


「殿下ならびに、令嬢にもご出席いただく」


 査問ではない。


 だが、それに等しい。



◇◇◇



 広間を出たあと。


 ようやく、呼吸が戻る。


「思った以上だな」


 ルカが低く言う。


「ええ」


 リディアは頷いた。


 学院の議論は、理屈だった。


 王都のそれは、権力だ。


 言葉一つが、

 王家の正統性を揺らす武器になる。


(……これが、本物の政治)


 百話の決意は、間違っていない。


 だが。


 軽くもなかった。


 窓の外、王城の塔が夜に沈む。


 逃げ場はない。


 けれど。


 私は、逃げない。


「後悔は?」


 アランが問う。


 リディアは、静かに首を振った。


「いいえ」


 わずかに、笑う。


「やっと始まっただけよ」


 冷たい石の都。


 試されるのは、明日だ。

ここまで読んでくださった皆さまへ。


気づけば百話です。


最初は、ただ一人で始めた物語でした。

けれど、ページをめくってくださる方がいて、

感想をくださる方がいて、

評価やブックマークという形で応援してくださる方がいて。


その一つ一つに、何度も救われました。


物語は、書き手一人では完成しません。

読んでくださるあなたがいて、初めて“物語”になります。


リディアが前を向けるのも、

アランが立ち上がれるのも、

ルカが隣に居続けるのも、

ユリウスが願いを口にできるのも。


きっと、画面の向こうで見守ってくださる皆さまがいるからです。


百話は通過点にすぎません。

それでも、この区切りに立てたことを、

心から嬉しく思っています。


ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございます。


これからも、

この物語の行く先を、どうか一緒に見届けてください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ