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第九十九話:選択の隣に


 夜。


 学院の執務室に、まだ灯りが残っていた。


 討議の余韻が、胸の奥に重く沈んでいる。


 血か。

 資質か。

 正統か。


 旧帝国貴族からの書状は、机の上に置かれたままだ。


 ――あなたこそが継ぐべきだ。


 リディアは、それを静かに見つめた。


 継ぐ。


 正統を名乗る。


 帝国の名を背負う。


 前世なら、迷わなかっただろう。

 いや、迷う余裕もなかった。


 だが今は違う。


 私は、もう一度“同じこと”をするために戻ってきたのではない。


 ゆっくりと蝋燭に近づける。


 炎が、書状の端を焦がす。


「私は、血を継ぐために政治をするのではない」


 紙が燃える。


「名を取り戻すためでもない」


 灰が落ちる。


「守るために、政治をする」


 そのとき。


 扉が、静かにノックされた。


「……まだ起きているのか」


 低い声。


 アランだった。


 振り向くと、彼は扉にもたれたまま、こちらを見ている。


「勝手に背負うな」


 まっすぐな灰青の瞳。


「背負うなら、俺も一緒だ」


 言葉は短い。


 だが、逃げない目だった。


 さらに廊下の奥から声。


「お前、また砂糖切らして倒れんなよ」


 ルカ。


 手には、湯気の立つカップ。


「ほら。補給」


 机に置かれる。


 甘い。


 無駄に甘い。


 少し遅れて、静かな足音。


「父上、夜更かしは体に悪いです」


 ユリウス。


 そして。


 窓辺に、いつの間にか立つ影。


「決断なさるときほど、視野は広く」


 セラフの声は、落ち着いている。


 四方向からの視線。


 逃げ場はない。


 けれど。


 不思議と、息は楽だった。


 リディアは小さく笑った。


「……私は、一人ではないのね」


「今さら何言ってんだ」

「遅いです」

「気づくの遅すぎる」

「ええ、本当に」


 呆れ声が重なる。


 胸の奥の重さが、ゆっくり溶ける。


 灰になった書状を指で払う。


「帝国は継がない」


 はっきりと。


「王国も、血で縛らせない」


 そして。


「私は、私の選択をする」


 孤独ではない。


 隣がいる。


 背中がある。


 甘い紅茶の匂いが満ちる。


 夜は深い。


 だが、この灯りは一人のものではない。


 誰も、消させない。


◇◇◇

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