幕間:甘い紅茶の意趣返し
午後。
寮の談話室。
穏やかな陽射しの中で、三人は珍しく平和に茶を飲んでいた。
リディアは、たっぷり砂糖を入れた紅茶を一口。
ルカは無糖。
ユリウスは激甘ココア。
静かな時間。
「ルカ」
「んだよ」
なんでもない調子で呼ぶ。
なんでもない顔で、言った。
「今更なんだけど」
「?」
「前世で死ぬ間際、エリザベートを愛してたの、自覚したのよね」
「ぶふぉ!!!」
盛大に。
ルカ、茶を噴いた。
「汚いわね」
「ななななな、なんで今言うんだよ!!??」
耳まで真っ赤。
動揺が隠せていない。
「この前、あなたが軽い気持ちで『俺、帝国の王女だったけど』って言ったでしょ」
「それとこれ関係あるか!?」
「意趣返しかしら」
にっこり。
完璧な微笑。
ルカ、絶句。
「……お前……」
「なに?」
「それ……今の俺に言う必要あるか……?」
声が少し低い。
いつもの軽口じゃない。
ユリウスがきょとんと二人を見比べる。
「……父上?」
リディアは、少しだけ視線を落とした。
「最期まで気付かなかったのよ」
静かに。
「彼女が、どれほど私を想っていたのか」
「……」
「戦友だと思っていた。理解者だと思っていた」
一拍。
「でも、あれは――愛だったのね」
部屋が静かになる。
ルカは、紅茶を置いた。
真面目な顔。
珍しく、茶化さない。
「……で?」
「で?」
「だから何だよ」
視線が、まっすぐぶつかる。
「今の俺に、何を言いたい」
逃げない。
真っ向勝負。
リディアは、ほんの少しだけ笑った。
「別に」
「ただ」
「前世のあなたを、ちゃんと愛せていなかったことは、少し悔しいと思っただけ」
沈黙。
ルカの喉がごくりと鳴る。
「……今は」
「?」
「今はどうなんだよ」
直球。
逃げ場なし。
リディアは紅茶を一口飲み。
ゆっくりと答えた。
「今は、ちゃんと向き合ってるつもりよ」
「……」
「あなたとも」
ユリウスがそっと口を挟む。
「母上は、父上をとても大切に思っていますよ」
「お前は黙ってろ」
「事実です」
ルカ、再び赤面。
机に額を打ち付ける。
「……なんで親子で俺を追い詰めるんだよ……」
リディアはくすりと笑う。
「あなたが爆弾投げたのが先でしょう?」
「くそ……」
でも。
その顔は。
少しだけ、嬉しそうだった。
遅すぎた自覚。
でも。
今世では、間に合う。
翌朝。
寮の廊下。
曲がり角の向こうから、声が聞こえた。
「……ルカ、目の下に隈が」
リディアの声。
穏やかで、いつも通り。
「……誰のせいだと……」
低い声。
ルカ。
足が止まる。
アランは、無意識に壁の陰に身を引いた。
「いや、何でもねぇ」
気まずい沈黙。
「……やり過ぎたかしら」
やり過ぎた?
「でも、事実だし」
事実?
アランの脳が警報を鳴らす。
(何の話だ?)
(何を“やり過ぎた”?)
(なぜルカが寝不足なんだ?)
リディアが小さく笑う気配。
「そんな顔しないで。私は正直に言っただけよ」
「……今言うなって話だろ……」
ルカの声が、やけに低い。
アランの思考が暴走する。
(今言うな???)
(何を???)
(俺の知らない何かが???)
曲がり角の影から、ほんの少しだけ覗く。
そこには。
目の下にうっすら隈を作ったルカと、
やけに落ち着いた表情のリディア。
距離が、近い。
妙に、近い。
「……」
アランはそっと壁に背を預けた。
(俺は今、何を見ている?)
昨日の言葉が蘇る。
“父上”
“母上”
そして今朝の会話。
(……いや、待て)
(俺は何も知らない)
(知らないはずだ)
だが。
胸の奥が、ざわざわと騒ぐ。
「……俺は……?」
小さな声は、誰にも届かない。
そのまま、アランは静かに踵を返した。
見なかったことにする。
今は、まだ。
――聞く勇気がない。




