第九十六話:王太子の立つ場所
王都の使者が去った翌日。
学院の応接室に、再び人が集められた。
理由はひとつ。
“帝国皇子問題”の整理。
重たい空気。
貴族科の一部教員。
王都からの監察官。
そして、王太子アラン。
「本件は、王位継承に影響を及ぼす可能性がある」
監察官の声は、冷静だった。
「帝国直系男子が存在する以上、王統との血統比較は避けられません」
ざわ、と空気が揺れる。
ユリウスは沈黙。
リディアは静観。
ルカは腕を組んだまま、壁にもたれている。
そして。
「――必要ない」
低く、はっきりとした声が響いた。
全員の視線が集まる。
アランだった。
「血統の比較は不要だ」
「しかし殿下――」
「王位は、血の濃さで決めるものではない」
灰青の瞳が、真っ直ぐ前を射抜く。
「この国は帝国ではない」
静かな宣言。
「アスティリア王国は、滅びた帝国の名を継いだだけだ」
「制度も、理念も、すでに別物だ」
場が凍る。
「王位は“資質”で継承される」
「それが我が国の法だ」
迷いはなかった。
「帝国直系であろうと、私の王位は揺らがない」
その言葉は。
自信ではない。
覚悟だった。
ユリウスが、静かにアランを見る。
「……王太子殿下」
「何だ」
「ありがとうございます」
一瞬だけ。
アランの瞳が揺れる。
「礼を言われることではない」
視線を逸らす。
「俺は、俺の立場を守っただけだ」
だが。
その拳は、わずかに握られていた。
◇◇◇
会議終了後。
廊下。
「……」
リディアが立ち止まる。
「……アラン」
「何だ」
「今のは、王太子として?」
問い。
アランは、数秒だけ黙った。
「……半分はな」
「半分?」
「もう半分は」
視線が、ほんの少しだけ柔らぐ。
「俺の知っているお前を、守るためだ」
心臓が、ひとつ跳ねた。
「血で測られるような奴じゃない」
それだけ言って。
アランは背を向ける。
「勘違いするな。これは政治判断だ」
歩き去る背中。
王太子として、堂々と。
けれど。
少しだけ、肩に力が入っていた。
◇◇◇
それを遠くから見ていたルカが、ぼそっと呟く。
「……やっと立ったな」
ユリウスが微笑む。
「伯父上も、覚悟を決めたのでしょう」
「誰が伯父だ」
「前世ではそうでした」
「今世では違う」
「でも、悪い気はしていないでしょう?」
「……黙れ」
耳が赤い。
夕陽が学院を染める。
血ではなく。
資質で立つ王。
その第一歩が、
静かに、刻まれた。




