第九十四話:血は語る
王都の夜は、静かだった。
月明かりが石造りの回廊を照らし、足音だけが低く響く。
王城の奥、評議室。
灯りは最小限。
円卓を囲む影が三つ。
「確認は取れたのか」
低い声。
「はい。あの少年は、アスティリア帝国宰相レオナールの実子。
血統上、正統後継者です」
空気がわずかに揺れた。
「……帝国は滅んだ」
「名目上は」
指が机を叩く。
「だが“血”は滅びていない」
沈黙。
「問題はそこではない」
別の影が口を開く。
「なぜあの娘を“父上”と呼ぶ」
部屋の温度が一段、下がる。
「……転生説が広まっています」
「戯言だ」
即答。
「国家は血で継ぐものだ。魂などという曖昧なものではない」
重い言葉。
「しかし民衆は、物語を好みます。
“宰相の再来”と呼ばれ始めている」
机に置かれた封蝋付きの報告書。
そこには小さく書かれていた。
リディア・アルヴェス
政治的影響力、急速に拡大中
「辺境の娘に過ぎぬ」
「いいえ」
静かな否定。
「思想を持つ娘です」
間。
「血統を否定し、選択を重んじる」
その一言に、最初の男の眉がわずかに動いた。
「……危険だな」
「ええ」
「帝国の正統後継者が、王位を望まず。
転生娘が民意を得る」
吐き捨てるように。
「血の秩序が崩れる」
月明かりが顔を照らした。
老齢の男。
胸元には、旧帝国紋章の指輪。
「アスティリアは“血”で成り立ってきた」
低く、確信に満ちた声。
「血が揺らげば、国も揺らぐ」
彼は立ち上がる。
「観察を続けろ」
「排除は?」
「まだだ」
冷たい目。
「まずは“問い”を投げる」
意味深な沈黙。
「民にだ」
灯りが消える。
闇だけが残った。
◇◇◇
同じ頃。
寮の裏庭。
リディアはくしゃみをした。
「……誰かに噂されてるわね」
「自意識過剰だろ」
ルカがパンを齧る。
「父上は有名人ですから」
ユリウスは本気で言う。
リディアは小さく笑った。
まだ。
まだ何も知らない。
血がざわめき始めたことを。




