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第八十七話:三人分のロイヤルミルクティー


 夜。



 寮の裏庭は、静かだった。



 昼間の騒ぎが嘘みたいに、

 虫の声と風の音だけが残っている。



 石段に座り込み、

 リディアは深く息を吐いた。



「……疲れた……」



 心からの本音だった。



 政治。

 王城。

 帝国皇子。

 隔離騒動。



 全部、面倒くさい。



(前世でも今世でも、なんで私はこんなことばっかり……)



「だから言ったろ」



 横から声。



「お前、背負いすぎなんだよ」



 いつの間にか、ルカがいた。



 気配がない。



「……あなた、ほんと幽霊みたいよね」

「失礼な」



 どかっと隣に座る。



 相変わらず距離が近い。



「ほら」



 紙袋を押し付けられた。



「……なにこれ?」



「台所からくすねてきた」



「犯罪発言やめて」



 中を見る。



 小さなケーキ箱。



 開ける。



 ふわ、と甘い香り。



「……いちごのショートケーキ……?」



「お前、甘いの好きだろ」



「……」



「あとこれ」



 水筒を渡される。



 一口飲む。



 瞬間。



「……甘っっっっ」



「砂糖何杯入れたのよこれ!?」



「知らん。適当」



「適当でこの糖度!?」



 でも。



 懐かしい味だった。



 前世。



 夜遅くまで仕事して。



 こっそり飲んでた。



 あの、甘すぎる紅茶。



「……ふふ」



 自然と笑みがこぼれる。



「なに笑ってんだよ」

「……ありがと」



 素直に言うと。



 ルカが一瞬固まった。



「……別に」



 そっぽ向く。



 耳が赤い。



 分かりやすすぎる。



◇◇◇



「……父上?」



 振り向く。



 ユリウスが立っていた。



 少し遠慮がちに。



「……邪魔でしたか?」



「そんなわけないでしょ」



 即答。



 自分でもびっくりするくらい。



 即答だった。



「来なさい」



 手招きする。



 ユリウスは、少しだけ目を丸くしてから、

 そっと隣に座った。



 右にルカ。

 左にユリウス。



 なんだこの配置。



「……なんで俺も挟まれてんだ」

「知らないわよ」



 文句を言いながらも、

 どかないあたりがルカである。



「ケーキ、食べる?」



「……いいんですか」



「もちろん」



 フォークを渡す。



 ユリウスが一口食べて。



 目を見開いた。



「……甘い……」



「でしょ」

「幸せの味がします……」



 その言葉で。



 胸の奥が、きゅっと締め付けられた。



 ああ、この子は。



 ずっと。



 こういう時間を知らなかったんだ。



 父も母もいない。



 一人で。



 ずっと。



「……父上」



「なぁに」



「……僕」



 少し、言いづらそうに。



「王子とか、皇族とか……どうでもいいんです」



 ルカがちらっと見る。



 ユリウスは続けた。



「そんなことより」



 小さく笑う。



「こうして、三人で甘いもの食べてる方が……ずっと幸せです」



「……」



「……」



 言葉が出なかった。



 リディアも。



 ルカも。



「……欲がないのも問題だぞお前」

「欲はありますよ」



「?」



「父上と、母上と」



 さらっと言った。



「三人で暮らしたいだけです」



「ぶっ」



 ルカが盛大にむせた。



「ちょ、待て誰が母上だ!?」



「あなたですが」



「違ぇよ!!!」



 真っ赤。



 全力否定。



 でも。



 ユリウスは、きょとんとしている。



「……? だって、前世では……」



「その話やめろ!!!」



 わちゃわちゃ。



 騒がしい。



 でも。



 おかしくて。



 温かくて。



 胸が、満たされていく。



 気づけば。



 リディアは、二人の頭を同時に撫でていた。



「……」



 ルカ、硬直。



 ユリウス、嬉しそう。



「……今日は特別よ」



「三人で」



 小さく笑う。



「川の字で寝ましょうか」



「は?」



「え?」



「え?」



「なんで俺まで!?」



「決定事項です」



「拒否権!!」



「ありません」



 夜空に、笑い声が溶けていった。



 政治も。



 王位も。



 帝国も。



 全部どうでもよくなるくらい。



 ただ、温かい夜だった。

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