第八十四話:父と呼ばれた日、王女が一人増えた
寮の裏庭。
夕暮れ。
人の気配が消えた時間帯。
「……はぁ……」
リディアは石段に腰を下ろしていた。
頭が整理できない。
今日一日で起きたことが、多すぎる。
“父上”と呼ばれて。
抱き締められて。
泣かれて。
胸の奥が、まだ熱い。
「……情緒が追いつかないわ……」
「なに黄昏れてんだよ」
「っ!?」
振り向く。
いつの間にか、ルカがいた。
木にもたれて、パンを齧っている。
「……気配消すのやめてくれる?」
「消してねぇよ。お前がボーッとしてただけだろ」
隣にどさっと座る。
距離、近い。
「……落ち着いたか?」
「……まぁ、少し」
「そ」
それだけ。
数秒沈黙。
風が木々を揺らす音だけが響く。
「……なぁ」
先に口を開いたのはルカだった。
「そのガキ」
「……ユリウス」
「名前分かったのか」
「ええ」
「ふーん」
興味なさそう。
パンもぐもぐ。
「……お前さ」
「?」
「やっぱレオナールなんだな」
あまりにも自然に言われて。
「……は?」
思考が止まった。
「……今、なんて?」
「だから」
ルカは空を見上げたまま言う。
「レオナールなんだろ。前世」
「…………」
心臓が一瞬止まった。
「……なんで」
声が掠れる。
「なんで、知ってるの……?」
言った覚えはない。
誰にも。
絶対に。
ルカは肩をすくめた。
「なんとなく」
「は?」
「最初から違和感あったし」
「違和感?」
「言葉遣いとか。視線とか。判断の速さとか」
指折り数える。
「あと紅茶」
「紅茶?」
「お前、無意識で砂糖三杯入れるだろ」
「……」
「昔、どっかで見たことあんなーって思ってただけ」
記憶が、蘇る。
前世。
執務室。
書類の山。
疲れた夜。
いつも、砂糖たっぷりの紅茶。
「……それだけで……?」
「まぁ」
ぽりぽり頭を掻く。
「決定打は今日だけどな」
「今日?」
「そのガキに抱きついてる顔」
「……」
「完全に“父親”の顔だった」
ぐさ。
「俺、あんな顔のお前初めて見たし」
そして。
さらっと。
本当に、さらっと。
「まぁ、俺も前世王女だったけど」
「……」
「……は?」
「帝国の」
「は???」
頭が追いつかない。
「ちょ、待って待って待って」
「なに」
「今すごいこと言ったわよね???」
「そうか?」
「帝国の王女って言ったわよね!?」
「言ったな」
「軽っっっ!!!!!」
なんでこの男こんなテンションなの。
「いやだって今更じゃね?」
「今更じゃない!!!」
「俺も死んで、気づいたら今だし」
「そんな学院内の売店寄ったみたいなノリで言わないで!?」
情報が多い。
処理が追いつかない。
「……じゃ、じゃあ……」
恐る恐る聞く。
「あなたも……覚えてるの?」
「まぁな」
「いつから……」
「物心ついた頃」
「私と同じじゃない……」
「そーだな」
あっさり。
あっさりすぎる。
「……なんで今まで言わなかったのよ……」
「聞かれなかったし」
「言って!?」
「必要あったか?」
「あるわよ!!!」
頭抱えるリディア。
ルカは立ち上がる。
「まぁ」
伸びをする。
「お前がレオナールだろうがリディアだろうが」
ちらっと振り返る。
「どっちでも同じだし」
「……」
「今のお前が、お前だろ」
それだけ言って。
「じゃ、腹減ったから飯行くわ」
「待ちなさいよ!?」
「後でなー」
ひらひら手を振って。
颯爽と去っていく。
爆弾だけ投げて。
「……何なのよあの男……」
静まり返る庭。
胸に残ったのは。
混乱と。
呆れと。
そして。
ほんの少しの、安心感だった。
「……王女、ね……」
思わず笑う。
「……似合わなすぎるでしょ」
でも。
なぜか。
その事実が、少しだけ嬉しかった。




