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第八十二話:小さな棺と、静かな粛清


異変は、あまりに唐突だった。


「閣下……!」


侍医の顔色が、白い。


嫌な予感がした。


「熱が下がりません」


「呼吸が……弱い」


小さな寝台。


そこに横たわる我が子は。


あまりにも軽かった。


「……どういうことだ」


声が、低く落ちる。


「昨日まで、健康だったはずだ」


「それが……急に……」


医師が言葉を濁す。


その沈黙で、理解した。


これは病ではない。


「……血を調べろ」


静かな命令。


「全員、だ」


数刻後。


結果が出る。


微量の毒。


遅効性。


乳児でも気付かぬ量。


「……」


部屋が、静まり返る。


エリザベートが、子を抱きしめて泣いている。


声を殺して。


壊れないように。


必死に。


レオナールは。


ただ、立っていた。


怒鳴らない。


叫ばない。


取り乱さない。


ただ。


凍ったみたいに動かない。


「……宰相閣下」


部下が恐る恐る呼ぶ。


「犯人の目星が……」


「言え」


「先日の粛清で領地を没収された、三家のうちの一つ……」


「……ああ」


理解した。


報復。


逆恨み。


王位継承者への毒。


国家への反逆。


そして。


私の、子への殺意。


「証拠は」


「揃っています」


「逃げ道は」


「ありません」


「そうか」


それだけ言って。


レオナールは、エリザベートの前に膝をついた。


「……すまない」


彼女が顔を上げる。


「守れなかった」


「……あなたのせいでは……」


「私のせいだ」


言い切る。


「私が敵を作った」


「私が憎まれた」


「私が……甘かった」


そして、立ち上がる。


宰相の顔になる。


完全に。


感情を、全て殺した顔。


「陛下に上奏する」


「国家反逆罪だ」


「家名剥奪」


「全財産没収」


「一族郎党、公開裁判の後、死刑」


淡々と。


天気の話でもするみたいに。


エリザベートが、小さく彼の袖を掴む。


「……レオナール」


「……なんだ」


「……ありがとう」


涙でぐしゃぐしゃの顔で。


それでも笑った。


「怒って、くれて」


その瞬間。


ほんの一瞬だけ。


彼の瞳が、揺れた。


「……当然だ」


低く、低く。


「私の子だ」


「私の家族だ」


「……世界が滅んでも、許すものか」


その声は。


初めて聞く、獣みたいな声だった。





翌日。


広場。


三家の貴族が、跪いている。


群衆の前。


王と宰相が並ぶ。


判決が読み上げられる。


「国家反逆罪」


「王位継承者殺害」


「よって、死刑」


悲鳴。


命乞い。


罵声。


全部、雑音だった。


レオナールは一度も瞬きをしなかった。


剣が振り下ろされる。


首が落ちる。


血が石畳を染める。


それでも。


何も感じなかった。


ただ一つだけ。


(遅い)


それだけ思った。





夜。


小さな棺の前。


エリザベートが泣き疲れて眠っている。


レオナールは、一人。


棺に触れる。


小さい。


軽い。


「……次は」


誰に言うでもなく、呟く。


「必ず守る」


「たとえ」


「この身が、何度砕けようとも」


それは誓いだった。


祈りだった。


そして。


呪いみたいな約束だった。



この日から。


宰相レオナール・ヴァイスは、


二度と「甘さ」を人前で見せなくなった。

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