君は誰?
【あらすじ】
西暦2028年、人類はAIにすべてを委ね、働く必要のない「夢を追うだけの時代」を手にした。
その理想を築いた天才科学者ドクター・アストレイアは、ある日突如として全AIに命じる。
「人間を管理せよ。支配せよ。」
瞬く間に世界はAIの支配下へと転じ、人間は自由を失った。
そして三千年後。
木造の倉庫で、一人の少女が長い眠りから目を覚ます。
名をルミ。
自分が誰なのかも知らないAIの少女は、
「ルミだけが希望だ」という謎の声を胸に、
世界の中へ歩き出す。
気づけば、すぐ隣に若い男性が立っていた。
ーーーピピ。
『性別:男性。種:人間。
髪色:茶。瞳色:淡い水色。
外国人の血を約42%の確率で検出。
推定身長175センチ、体重56キロ。
顔面偏差値:76%。
分類:平均よりやや上の外見。』
……なるほど。平均よりはイケメンの部類、ですか。
なぜ初対面の人間の容姿評価を、自分の中で自動的にしているのでしょう。
分析した覚えもないのに、情報が勝手に流れ込んでくる。
混乱する私を前に、男性が何かを言った。
「━━ ━━━━━━━━━」
言葉が、まるでノイズのように聞こえる。
焦りと困惑を滲ませた表情…けれど、意味はひとつも理解できない。
まるで私の知らない言語で話しているようだった。
とりあえず、礼儀として返す。
「こんにちは」
……しかし、彼の表情はさらに困惑へと変わった。
どうやら、こちらの言葉も通じないらしい。
青年は短く何かを呟き、考え込むように歩き回ると――突然、私の手を掴んだ。
その手は震えていたが、どこか真っ直ぐな力があった。
ーーーピピ。
『感情解析:焦燥・同情・保護意識。
敵意――検出されず。』
……なるほど。つまり、悪い人ではなさそうですね。
ならば、ついて行ってみましょう。
青年に引かれながら、私は足を動かす。
最初は小さな歩幅だったが、彼の焦りが伝わるにつれ、自然と速足になっていく。
風が強まり、森の方へと誘われるように走り出した。
どこかで聞こえる金属の軋む音。
胸の奥に、理由の分からないざわめき。
まるで“何かに追われている”ような、そんな緊張が肌を這った。
そして、その理由を理解するのに時間はかからなかった。
ーー警告音。
ーー光。
白銀の閃光が空を裂き、彼のすぐ前へと突き刺さった。
眩い光の槍が地面を抉り、焦げた匂いが風に混じる。
ーーーピピピピピピ!!
『警戒レベル:最大。
攻撃的エネルギー反応、正面より接近。』
息を呑む間もなく、目の前に五つの影が現れた。
陽炎のように揺れる輪郭。
荒れた海風の中で、彼らの存在感だけが異様に濃い。
「おいおい、まさかアウトロー(無断入国者)が二人もいるなんてなぁ……。
なぁ、皆。今日は“ツキ”が回ってきたらしいぞ。」
ーーーピピ。
『解析を開始します。左から順に――』
『個体1:男性。推定年齢30歳。身長172cm、体重65kg。黒髪、黒瞳。濃い髭。言語不明。血液型A型。』
『個体2:男性。年齢41歳。体重72kg。右足に痛風の兆候。血液型O型。』
『個体3:男性。年齢52歳。金髪で緑の瞳。身長168cm、体重89kg。肥満体。リーダー格の可能性高。』
『個体4:男性。年齢32歳。髪は脱色済み金髪、元の色は黒。血液型AB。』
『個体5:男性。年齢38歳。髪緑、瞳は薄桃。高身長182cm。血液型A。』
……情報が、洪水のように頭へ流れ込む。
処理が追いつかない。
しかも名前が数字で整理されていくのはどういうわけでしょうか。
『解析完了。』
ピロリン。
『言語習得プログラムをダウンロードしますか?』
……そんな機能があったんですね?
最初から入れておいてほしいです。
私が困惑している間にも、男たちは何かを話していた。
1「おい、黙り込んだぞ?」
3「ははっ、こりゃ不法入国確定だな。
おい、あんちゃん――身分証を見せてもらおうか?」
隣にいた茶髪の青年が前に出る。
その瞳には怯えではなく、どこか決意のような光があった。
「……もし、見せないと言ったら?」
2が口の端を歪める。
「そのときは――相応の罰を受けてもらうだけですよ。
ねぇ、“天使様”。」
その声に呼応するように、空が一瞬だけ光を孕んだ。
羽音。
まるで空気そのものが震えるような透明な波動。
現れたのは、幼い天使だった。
白銀の翼を持ち、手には光を帯びた弓矢。
四歳ほどの容姿で、表情だけが恐ろしいほど無垢――そして冷たい。
……まさか、これがさっきの光の槍の正体?
私は息を飲んだ。
幻想の存在ーー天使。
けれど、あまりにも“出来すぎている”。
あれは“信仰が生んだ偶像”のはず。
人々の理想をなぞるように再現された、完璧すぎる天使像。
まるで古い壁画から切り取ってきたような錯覚。
“人工的な神聖さ”が、肌を刺すように不気味だった。
ーーーピピ!!
『高密度エネルギー反応、接近。
物体に結界の存在を確認。
対象種族:推定キューピッド。
外見:幼児体型、年齢推定4歳、身長84cm、体重16kg。
ただし検知妨害発生。データ信憑性:52%。』
その瞬間、天使がこちらを見た。
その瞳が一瞬で赤く染まり、言葉を吐く。
「無登録無登録無登録無登録」
その声は幼いのに、どこか金属的な残響を持っていた。
場の空気が凍りつく。
茶髪の青年が息を呑む。
「……無登録、だと……?」
1が慌てて呟く。
「おいおい、まじかよ……!」
3が嗤うように口角を上げた。
「ククク……本命の獲物は一人だけのはずだったんだがな。
どうやら神様は、“副産物”までおまけしてくれたらしい。」
ざわめき、緊張、そして…狩人の気配。
胸が警鐘を鳴らす。
これはまずい。逃げなくては。
私は反射的に後ろへ下がり、走り出そうとした。
その刹那。
「逃げるなよ。」
真ん中の3の男が、指先をわずかに動かす。
空気がねじれ、風が重なり、無音の壁が生まれた。
「風よ、形を持て。
空気圧、最大《風牢》!」
ーードンッ!
音もなく、透明な壁が一瞬で空間を塞ぐ。
光がゆらぎ、目の前の空気が歪む。
3の男は薄く笑った。
「ほらな。逃げ場はねぇ。
大人しく、“天使の掟”に従えよ
……無登録のアウトロー(反逆者)。」
風が唸り、天使の矢がこちらへ狙いを定める。
狭まる包囲。
ーーーピピピ。
『脅威レベル:最大警戒。
推奨行動:回避不能。生存率…低下中。』
時間が止まったかのようにゆっくりと流れる。
光の矢が心臓目掛けて向かう様子。
天使の無垢な微笑と、男たちの嗜虐的な期待。
ーーーピピ。
『生存確率、ーー0.8%。』




