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ゴシックB(ブルー)

作者: 如月 什肋

そういえば暫く短編書いてなかったなー、と。

先に連載の方を一区切りさせるべきだったのかもしれない……。

 蒼のアルカナ。蒼のアルカナ。

 わたしは此処に居るのです。わたしは緑に居るのです。

 青のアルカナ。蒼のアルカナ。

 わたしは貴方を待ってます。わたしは主人を待ってます。

 鳴々、待ち遠しきや。

 白きわたしを染める者。蒼きわたしに染める者。

 わたしは貴方を待ってます。

 わたしは貴方を待ってます。

 

 グ・コ・マリンはまだ十の歳を過ぎたばかりの少年である。

 されど、彼は同い年の者たちと比べると、大人びていた。

 学があった。既に学び舎は知識を授ける要もなし。

 一言で例えれば、秀才と呼ぶべきか。

 しかし、マリンは孤独だった。これもまた必然だといえる。

 マリンは共に歩む、ということ学び舎でを学べなかった。

 周りの者を置いて、自分独りで歩んでしまったからだ。

 かつて、学び舎へと――同じ歳の者のもとへと戻ろうとしたが、世界が違った。

 周りは全てが幼稚であった。マリンは幼稚ではなかった。

 始めは少ない言葉を交わした。

 次に影で噂をされた。

 そして自分の持ち物が無くなった。

 最後に孤立した。

 気がつけば、また独りで学を修めていた。

 マリンが人と関わるのは、極一部の人間だけである。

 それも全てが年上。

 もはや同年代の者と歩むのは精神的にも立場的にも不可能だった。

 マリンは黒の服を好んだ。

 自分にはそれがお似合いだと思ったからだ。

 光を反射しない黒こそが、孤独の象徴だった。

 マリンは更に己へと篭った。

 そんな中、マリンに関わる極少数な年上の一人が話をした。

 森に住むといわれる少女の話だ。

 少女はマリンと同じ歳であるらしい。

 少女はマリンと同じ孤独であるらしい。

 少女はとても可愛いらしい。

 少女は栗色の髪らしい、

 少女は妖精らしい。

 少女は宝玉らしい。

 少女は詩を唄うらしい。

 少女は誰かを待っているらしい。

 少女は相手が欲しいらしい。

 少女は不思議であるらしい。

 少女は、少女は、少女は……。

 まるで御伽噺に出てくる女の子だ、とその年上の者は言った。

 しかし、最後。

 年上の者は声を低くし、地に響く声でこう言った。

 少女に近付く者は、皆死ぬらしい。だから孤独なのだ、と。

 マリンはその言葉にこそ興味を持った。

 自分と同じ歳で、孤独なのには共感を持ったが、それでも、最後の言葉――死という言葉に惹かれた。

 ―――そうか、死ぬのか。

 マリンは一目、その少女を見ようと思った。

 そして偶然でも、死のうかと思った。

 マリンはいつの間にか、生きる事に意味を見出すことを辞めていた。

 つまらない人生だ、と感じていた。

 これはよい機会である、とさえ思った。

 故にマリンは向かう。

 亡者の森と呼ばれる場所へ。

 腐臭だただようその森は、息をすることさえ躊躇わせる。

 貴重ともいえる緑が、そこにはあるというのに、忌むべきものとしか思えぬ其処は、誰も近付こうとはしない。

 原因はその森の名と、吐き気をもよおす臭いで所為だとは誰もが考えつく。

 しかし、一番の原因は森の入り口にあるだろう。

 細木で形成されるこの森は、よく奥まで見通せる。木の根に注意を置いておけば、走ることさえ用意だろう。

 だが、この見通しが――木の隙間がいけなかった。

 その森の入り口。少し上で見たものなら、誰もが息を呑む光景がある。

 細木の枝に吊るされたものだ。

 ロープで吊るされたそれは、新しいものもあれば古いものもある。

 それには胴体があり、脚があり、腕があり、頭があった。

 人間のそれである。

 また、様々な風体をしている。

 焼けているものもあれば、爛れているものもある。

 眼球がないものは、どこかの鳥に啄ばまれたのだろう。

 身体の一部を欠損したいるものが多々ある。

 そのようなものものが、森の入り口にぶら下がっていた。

 細木は枝が多く、葉をしげしげと持っているため、意外と太陽の光を通さない。それがまた不気味さと気持ち悪さを増させる。

 亡者の森。その名の由来である。

 マリンは森の入り口でそれらを見上げ、不快な気持ちにはならなかった。

 寧ろ羨ましく思えた。

 マリンは森を進む。

 進み、進み。森の入り口が見えなくなった。

 するとどうだろうか、だんだんと森の空気が澄み切ってきた。

 腐臭はなく、陽の光も地面に届いていた。

 色とりどりの花が咲き、蝶々までもが優美な羽を羽ばたかせている。

 清々しいほどの緑に包まれた楽園になった。

 マリンはこの事実に驚いた。奥に進めば、更におどろおどろしくなると思っていたからだ。

 楽園に住む栗色髪の妖精。

 なんとなくだが、此処になら御伽噺の少女が居る気がした。

 しかし落胆した。

 こんな綺麗な場所に死を与える者がいるはずがない、と。

 するとどうだろうか。

 カタカタカタ、と木が軽く打ち合う音が聴こえた。

 マリンが音へと振り返れば、そこには道化師の面を被った枯れ木のような身体を持った長身の男が居た。



 ようこそ。ようこそ。



 道化師が喋った。

 そして、機械のような動作でゆっくりと首を傾け、瞬時に元に戻す。

 カタカタカタ、と反動で耳に吊るしたカスタネットを鳴った。


 

 ようこそ。ようこそ。お茶しませんか?



 道化師はくるり、とその身を一回転させると、手の上にトレイを乗せていた。そしてトレイをマリンに差し出す。

 マリンはトレイの上にあるティーカップを見た。

 芳しい香りがする紅茶が入っている。

 しかし、その紅茶は蒼かった。

 クリアブルーの紅茶はマリンの顔を――茶色の目をその表面に映していた。



 どうぞ。どうぞ。お飲み下さい。



 道化師がずずい、と顔を近づけてくるので、マリンは数歩下がるが勢いに負け、ティーカップを手に取る。

 再びマリンの鼻に紅茶のよい香りが入り込んでくる。

 クリアブルーの紅茶など見たことも聞いたこともなかったが、これは美味しそうだ、と思った。

 紅茶を口に運ぶ。

 味はしなかった。

 また、液体であるのかどうかも怪しく。紅茶はマリンの口に入るやいなや、スポンジに吸収されるが如くマリンの中へと溶けていった。

 そして残るのは、何も飲んでいない、という感触だけ。

 マリンは驚きで道化師へと目を向けるが、道化師は姿を消していた。

 辺りを見回すが、影も形も見当たらない。

 幻覚でも見たのか、と思ったが、マリンの手には空になったティーカップが握られていた。

 マリンは首を傾げる。

 一体、いまさっきのは何であったのか理解できない。

 もしかすると、今も幻覚の――夢の中ではないか、とさえ思った。

 本当の自分は亡者の森の入り口で、腐臭を吸い過ぎて気絶しているのかもしれない、と。

 そしてマリンは気付かない。

 己の瞳が蒼色になっていることに……。



 蒼のアルカナ。蒼のアルカナ。

 わたしは此処に居るのです。わたしは緑に居るのです。



 マリンは手持ち無沙汰にティーカップを弄りながら、森を歩いていると、透き通った少女の声を聴いた。

 ふと、その声の方向へと向くが、遠い場所から聴こえてくることだけがわかった。

 もしや例の少女が唄っているのでは、と思い、マリンは旋律を辿り歩いた。

 すると、



 また。あいました。また。あいました。



 先程の道化師が道中で待ち受けていた。

 今度はその手にティーカップを乗せたトレイではなく、蒼い林檎を一個がある。



 それは受け取りましょう。



 道化師が林檎を持っていない手をマリンに差し出した。

 マリンはその手がティーカップを受け取るものだと理解すると、素直に渡す。

 ついでに、貴方は誰? と訊こうとしたが、その前に蒼いリンゴを眼前へと持ってこられ、口を閉じてしまった。

 蒼いリンゴは悉く蒼かった。

 まるで何かの模型に見えたが、近づけられると、甘い完熟した匂いを嗅ぐことが出来る。

 しかし見た目はとても毒々しい。



 ささ。どうぞ。どうぞ。



 道化師は執拗に蒼い林檎を食すのを勧めるが、マリンは躊躇ってしまう。

 道化師は顔を近づけて、仮面の奥にある瞳で黒髪のマリンを見る。

 だが、どうだろう。



 どうぞ。どうぞ。



 道化師の言葉は誘惑的で、蒼い林檎に魅力を持たせるものだった。

 ごくり、とはマリンが喉を鳴らす音だ。

 マリンの喉はからからだった。

 先程の蒼い紅茶は喉を潤すことなく、口の中で溶けた。渇きを潤してはいない。

 あの蒼いリンゴは熟れている。匂いでわかる。

 かぶりつけば、とてもとても甘い汁を吐き出すことだろう。

 しゃくり。

 マリンは無意識にその蒼い林檎を齧っていた。

 じゅわり、と汁が口内に広がる。

 しかし、味はしなかった。そして、齧った林檎の身も、吹き出る汁も紅茶と同じように溶けて、マリンの身体へと染みる。

 マリンは顔を顰めて道化師へと顔を向けるが、道化師の姿は何処にもない。

 またしても、跡形なく消え去ってしまった。

 マリンは二度と味もしないものを口に含まされ、無性に腹立たしくなり、その齧りかけの蒼い林檎を地面に叩きつける。

 そしてマリンは気付かない。

 己の髪が蒼色になっていることに……。



 青のアルカナ。蒼のアルカナ。

 わたしは貴方を待ってます。わたしは主人を待ってます。

 鳴々、待ち遠しきや。



 詩の声は大きくなっていた。

 マリンは詩の主を求めて歩く。

 森は奥へと進むごとに、空気の澄みがよくなっている。そして、気温も低くなっていた。

 マリンはいつも着ている黒いローブをきつく自身の身体に巻いた。

 更に森を進むと、草木の背がどんどんと高くなっていき、遂にはマリンの背を抜かす。

 マリンは草木を掻き分けて進む。

 次第に腕が疲れてきた。

 次の草を掻き分けたなら少し休憩を挟もう、と思い、目の前に広がる緑の幕へと手を差し込むと、その草木の切れ目から光が舞い込む。出口が見えた。

 また、



 白きわたしを染める者。蒼きわたしに染める者。

 わたしは貴方を待ってます。

 わたしは貴方を待ってます。



 詩の声が格段に大きくなった。

 マリンが草木を掻き分けると、広場に出た。

 多きな広場だ。人が千人は入れるくらいの広さがある。

 なんとなくだが、ここが森の中央だとマリンは悟った。

 そして、その広場の中心へと目を向ける。其処には人が居たからだ。

 一人の少女。

 白い。

 白く長い髪に白い目。白い肌にワンピースの服。白い靴に白い影。

 全てが白かった。

 ぽっかりと開いた森の広場には陽が十分過ぎる程に差し、光は白い少女に反射され、マリンは直視することが叶わなかった。

 白い少女は唄う。

 マリンには気づいていないようだ。

 白い少女は自分に向けて唄っている。他の誰に向けたものではなく、自分への詩を唄っている。



 蒼のアルカナ。蒼のアルカナ。

 わたしは此処に居るのです。わたしは緑に居るのです。

 青のアルカナ。蒼のアルカナ。

 わたしは貴方を待ってます。わたしは主人を待ってます。

 鳴々、待ち遠しきや。

 白きわたしを染める者。蒼きわたしに染める者。

 わたしは貴方を待ってます。

 わたしは貴方を待ってます。



 白い少女は誰かを待っているようだ。

 マリンは、白い少女が独りであることを知った。

 間違いない。この少女こそ、例の少女に違いない、とマリンは喜びを表情で表現する。

 マリンは白い少女へと近付く。

 さくさく、と背の低い草を踏み、徐々に早足へとなっていく。

 流石に白い少女は自身へと近付く存在を知る。

 白い少女の目がマリンへと向くと、マリンはその場で足を止める。いや、止めたくなった。

 彼と彼女の距離は僅か数歩。

 マリンは息を呑む。

 吸い込まれる、と表現すればいいのだろうか。

 自分の存在が、目の前の少女に全て取り込まれそうになる感覚があった。

 しかし、マリンは白い少女から目を離せない。

 周りの景色が消え、白い少女しか目に映らない。

 この世界に自分と白い少女しか居ない、とまで錯覚する。



 お待ちしておりました。



 白い少女が微笑んだ。

 そこでマリンはまた一つ気づいた。

 白い少女の口の中。普通は赤いはずなのに、白かった。

 白い少女は無地だった。

 頭の先からつま先まで、外も内も白い。影さえも白い。



 さぁ、わたしを染めてください。



 今度は白い少女が近付いてくる。

 マリンは動かない。ただ、じっと白い少女が歩く姿を見ているだけだ。

 互いの身体が密着するほどに近付くと、白い少女はマリンへと口付けをする。

 くちゅくちゅ、とマリンの口内が少女の白い舌に舐められる。

 甘い。

 マリンは思った。

 そして、

 苦い。

 先程の紅茶と林檎の味を今にして感じ始めたのだ。

 白い少女が口を離す。ぷはぁ、と息をした。



 取り敢えず、此処まで。



 白い少女は言う。

 その口内はうっすらとした桃色になっていた。

 そして、マリンの口内も本来の色よりも薄く、少女と同じ桃色となっていた。



 もっと。もっと。わたしを染めてください。



 白い少女はマリンに抱きつく。

 すると、マリンはまた何かが吸い取られる感覚を味わった。

 気がつくと、白い少女の髪が蒼くなっていた。

 そして、マリンの髪が白くなる。



 君は誰だ?



 そこでようやくマリンは白い少女に訊いた。

 すると、少女は不思議そうな顔をする。

 まるでマリンの問いが当たり前のことを訊いている、かのような意外だという顔だ。そして暫く首を傾げて考えると、



 知らなくても大丈夫。

 身と心を交わせば、わかるもの。



 マリンは理解できない、と頭を振るが、白い少女は抱きつく力を更に強くする。

 少し息苦しくなったマリンだが、白い少女を引き剥がそうとするが、力が入らなかった。

 何かが――色が、吸い取られる。

 マリンの意識が遠くなる。

 思考が停まる。

 考えることが面倒くさくなった。

 白い少女の抱擁が心地よくさえ思える。

 どうしてこの場所に来たのかさえ、思い出すのも面倒になった。

 もはやどうでもいい。


 マリンの意識は途絶えた。

深く考えても意味はないです。

いや、本当に……。

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