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【〇月×日 17:35 都内某所 大手私鉄の急行停車駅】

株式会社ウィルビーでは、一緒に働く仲間を募集中です!


もう働きたくない…残業したくない…そんな気持ちで今の会社にしがみ付いていませんか?

当社は忙しい皆さんの事情に合わせ、土曜・日曜・祝日や、夜22時以降も面接対応しております。


当社のモットーは「会社は家族!」入社後はOJTで教えます。先輩は皆親身になって指導やサポートをしてくれるとてもアットホームな職場です!仕事以外でも仲良し!飲み会も多いんです♪


誰にでもできる簡単な仕事です。まずはお気軽にご連絡を!

電話番号0120-XXX-XXXX

採用担当:アイブロー・サリヴァ


――本日は長い時間取材させて頂き、ありがとうございました。


「いえこちらこそ。沢山紳士だいい男だと褒めて頂き光栄です」


――あはは、デートしてくれたら丸一日褒め殺しますよ?


「いいですね、自分に自信がなくなった時にはぜひともお願いします」

 連絡先交換しておいて、こういう事をさらっと言ってくる田中氏は実際いい男と思う。自分に褒めて伸ばすスキルがあるのかどうか、ちょっと本気で試してみたいなと思った。

「まあこんな仕事なんで中々時間は作れませんが、まずはどこか飲みに行くくらいで如何ですか?」

 取材者とその対象という分別は解っている。解っているけどついつい…………飲み屋デートの約束をしてしまう。

 ああ、体に流れるラテンの血が悩ましい。父の笑顔とサムズアップが思い浮かんでくるのがこれまた憎たらしい。


――まあ、それはそれとして、最後に質問、いいですか?


「なんでしょう?」


――田中氏にとって、異世界転移コンサルタントとは、どういった仕事なんでしょう?


「うーん、改めて問われると難しいですねえ」

 運転席で考え込んでしまった田中氏は、どこか今までの自分の人生を振り返っているようでもあった。

 目の前を三人組の男子高校生がはしゃぎながら通り過ぎてゆく。


「関わる人に……そうだなあ、あなたと違う価値観があるんですよと、教える仕事……ですかね?」


――違う価値観……ですか?


「はい。日本と異世界、当然違う価値観で互いに生きていますし、これからもそうでしょう。でもこの仕事は互いの違う価値観を理解しなければ、調整や準備を進める事は出来ません」


 例えばですねと話し始めたのは、時々『お金』の概念がない世界がある事についてだった。

 その理由が原始的な社会という事もあれば、魔法で大体のものは創造できる時もあり、果ては高度に発展した技術体系を持っており、お金の媒介が必要ない事もあるのだとか。


「そういった価値観の違いは、話題に出て初めて違いを認識できることがざらでしてね。ついうっかり確認を怠ると、お互い明後日の方向に調査や準備を進めてしまう事もあるんですよ」

 だから価値観を教える(・・・)仕事なんだと田中氏は繰り返した。


「他にもクライアントさんは確固たる自分の価値観や考え方を持っている方も多いですからね、演出の仕方や見せ場の作り方、登場人物の心理や行動など、他のクライアントさんがどうしたかを伝えるのも結構大事な仕事です」


――ん?そう言ったアドバイスはコンサルタントの業務なんです?編集さんや出版社の担当者さんのお仕事に思えますが……?


「ああ、細かい所はそうですが、現場を知っていれば見えてくるものもあるんですよ。なんて言いますか、機械の部品を作る時、図面しか見ずに話す人と、実際に機械を使って加工する人の違いと言いますか……」


――ああ、なんとなく理解できます。女性で言うと化粧メイクのマニュアルと、鏡の前に座って実際にやるお化粧の違い……みたいな?


「ああ、そんな感じですね。クライアントさんの立場からすれば、マニュアルが出版社や編集担当者、実際のお化粧が私たちの仕事という立ち位置になるかなと」

 実際のメイクでマニュアル通りやってられない事なんてざらにある。時間が無かったり道具が足りなかったり、肌質の合う合わないなんて事もある。田中氏が言いたかったのはきっとそういうことなのだろう。


「ですからまあ、互いに違う価値観があるんだねと理解して認め合う瞬間が、たまらなく楽しいんですよ。大体それからは話がスムーズに進みますしね」

 もっとも業務料の話しはそれとは別問題ですが……と、おどけて見せる田中氏は、横で話を聞いているだけでこの仕事が好きなんだなと思った。

 こういう人物であれば、そりゃあ彼女をほったらかしにもするだろう。

「いやまあその点に関しては、彼女に本当に悪いことしたなと反省していますので……」


――あ、いえすみません、責めてるわけではないので。では本当に本日はありがとうございました。取材の内容は文書化してまたメールさせて頂きますので。


「なんだか恥ずかしいですね、他人に自分の事を書いてもらうのって」


――ふふふ、そうですねえ、私も田中氏にあなたの知らない価値観があるんですよと、文章を通して教えられたら嬉しいです。


「アクアさんならきっと出来ると思いますよ。期待してます」


  *


 ドアを閉じた後、車はすっとロータリーから滑り出す。

 発進した後は一切の迷いが無いようだった。その割り切りっぷりがすがすがしく、ちょっと寂しい。

 私も階段を上って改札に向かい、今日の取材内容を反芻(はんすう)してどうやって組み立てようか頭の中で練り始めた――――



 後日、完成原稿を読んだ田中氏は感謝の意味を込めて築地のお寿司屋さんでご馳走してくれた。

 その後勢いで付き合う事にもなったが、相変わらず多忙な人なため、三ヶ月くらいで友達付き合いに戻す事にした。

 田中氏とは友人関係位の距離感がちょうどいい感じだと今でも思う。


 それにまあ、この取材の一年後、異世界から押しかけ女房でやって来たハーフエルフさんには勝てないわ。

 時たまハーフエルフさんのその後の話を聞くなあと思っていたが、業務完了後もよく愚痴や悩みを聞いていたらしい。


 あんなに一途にさせるなんて、田中氏も罪作りな人だなあと思う。


 大誤算だったのは、田中氏とパパを引き合わせたら意気投合してしまい、あっさり田中氏はコンサルをやめてしまった事だ。

 そのまま電光石火の勢いで件のハーフエルフさんと夫婦揃って和歌山に移住し、今ではパパの畑のお隣でレモンの栽培を始めている。


 打倒広島レモンなんて言ってるらしいのだが、それは取材と関係ないので割愛させてもらいます。


おしまい

ちなみに主人公の名前、アクア・タティタさんですが……


アクア:ラテン語の『水』

タティタ→たていた→立て板

つまり「立て板に水」という意味でした


おあとがよろしいようで。

それではお付き合いいただき、ありがとうございました!

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