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【〇月×日 15:20 都内某所のバイパス沿いのコンビニエンスストア】

株式会社ウィルビーは、作品にオドロキと感動を、キャラにもっと印象をモットーに、常識を変える喜びの魔法をおかけします。


お客様の異世界のありたい姿を問い正し、せかいがキラメク、ヒラメキをおとどけ。

なぜならあなたの作品が秘めるポテンシャルは、きっと、私たちの想像以上だからです。


そして私たちは、異世界は境界線を超えた場所に……一緒に悩んで、創って、成果に喜びます。


引き出しの多い異世界コンサルティング、それが私たち株式会社ウィルビーです!



――打合せ二件目、お疲れ様でした。


「アクアさんもお疲れ様。あとアイスクリームもごちそうさまです」


――お昼も出して頂きましたし、せめてこれ位はさせてください。


「私も経費で落ちるので、気にしなくて良かったんですけどね?」

 そうは言われたが気持ちの問題だ。

 その辺も思わず口に出して言ってしまい、田中氏は仕方ないなあと表情で語ってそれ以上は何も言わなかった。


――それはそうと、異世界側との折衝もされるんですね


「まあ、受け入れる側も見当外れな転移者を連れて来られても困りますからね」

 特に向こうが『誰でもいいしすぐがいい』と言ったように要望が適当な時は要注意なのだという。


――何となくわかる気がします。『話が違う』って事にお互いがなりやすいという理解で良いですかね?


「その通りです。異世界側も滅亡寸前で他の手段が無いですとか、内輪もめでコンセンサスが取れていないなんて事も考えられますので」

 そしてコンサル同士の連携が取れていないために、転移先の取り違えでクライアントにストーリーの修正を平謝りでお願いしたり、無意味に転移に巻き込まれたモブの捜索をする羽目になったり、巻き込まれたトラックが転移先で引火爆発して損害賠償問題に発展したり……と、想定外の事に巻き込まれる事も異世界転移では良くあるのだとか。


――な……なかなか、刺激的なお仕事ですね。


「アハハハ、アクアさんも言い方が上手いですね。まあ確かに刺激的です。異世界側のコンサルタントさん、最初はまず間違いなく話が通じないですからね」

 同じ人間同士ですら、文化や常識、社会システムの違いで調整に苦労するらしい。ましてや相手がエルフやドワーフ、果てはドラゴンや魑魅魍魎なんて事もあるそうで……


――お話伺うだけでも苦労しない要素が見当たりませんね……


「長命種の方々どころか、寿命の概念の無い事もありますからね。昼イチの打合せのケースですと、異世界側のコンサルタントはハイエルフの方でして、最初は時間感覚というものが全くお話にならない位嚙み合ってなかったんですよ……」

 なんでも平気で2、3年くらい打合せの間隔を開けようとしてくるそうだ。人間自体を見下して話にならないので、仕方なく間にハーフエルフの人を挟んで調整してもらったのだとか。

 その後人間の寿命がせいぜい80年しかないという事を何とか納得してもらい、打合せの間隔はようやく2カ月になったそうだ。

「それでも(せわ)しなくてたまらないと常々文句を言われてますけどね」

 苦笑いと共にこぼす田中氏の言葉に、先ほどの打合せの模様を思い出す。

 ああ確かに『検討の時間が短すぎる』とか『もっとゆっくり考えさせてくれ』とか、(しき)りに仰っていた。

 今回のケースだと、自分たち以上に件のハーフエルフさんは板挟みになってもっと大変らしく、打合せの後の愚痴を聞く時間が徐々に長くなってきているそうだ。


――なるほど、こうして伺ってみないと異世界転移の大変さは解らないものですね。


「まあ、どんな仕事にも苦労のしどころなんてあるものですよ」

 それには同意できる。田中氏の様な聞きやすくて気遣いのできる取材対象自体、フリーのジャーナリストには貴重だ。

 なにせ普段は少し前に言った事を忘れてしまったり、訂正すると馬鹿にされたと逆切れしてくる困り者ばかりなのだから……

「まあそういった手合いはどこにでもいますよ」

 あああ、また思った事を私は口に……

「いや、隠すつもりないですよね?」


――あーはい、もう開き直っていいです?


「今更でしょうに……別にいいですよ」

 田中氏は本当に紳士的だった。そろそろ移動しましょうかと車に促され、アイスのカップをコンビニの中のごみ箱に捨てて車に乗り込む。


――先ほど種族の違いで時間間隔がまるで違う苦労を伺いましたけど、種族の違いで他に苦労する事はありますか?


「うーんまあ、苦労しない要素を見つける方が難しいというか……」

 例えばですがと、とあるクライアントさんの話を田中氏は始める。

「その方、爬虫類好きのクライアントさんでして……」

 その言い出しからすでに私は不安を感じていたが、案の定転移先は爬虫類中心の異世界だった。

 転移した先はリザードマンの国で、クライアントさんの条件にも合っており、主人公が何とか奮起して目標達成したまでは良かったのだとか。

 しかしこのクライアントさん、執筆中に彼女が出来たらしく、途中で作風が随分変わってしまったらしい。


 当初主人公は王女との結婚や伯爵位の叙爵、大量の報酬をもらってハッピーエンドの筈だったらしい。

 しかし愛情を注ぐのが爬虫類からガールフレンドになったクライアントさんは、強引に設定を捻じ曲げてしまい、終盤をひたすら『日本に帰りたい』という話にしてしまった。


「度重なる設定の修正に異世界側のコンサルタントはカンカンに怒りましたし、途中までいい感じだった主人公さんと満更でもない感じだったヒロインの王女様リザードマンは、主人公さんの一方的な日本帰るに随分心を痛められたそうです」


――結局日本には……


「帰ってきましたが、クライアントさんも主人公氏に申し訳ないと思ったのか、次の仕事にはつながらなかったですね。噂ではもう筆を折ったとお聞きしています」

 なんとも居た堪れないお話だ。

 あと彼氏の爬虫類好きをガールフレンドは容認していたかは気になった。

「一匹二匹ならまだ許せるけど、部屋いっぱいの爬虫類は火をつけてしまうだろうと言われたらしいです。彼女には」


――まあ、全否定しないだけいい彼女さんですね。


「そうなるのかなあ?ところでインタビューってこんなクライアントさんの彼女の話でも大丈夫なんですか?」

 いや、良くはない。

 思わず脱線してしまっていたので田中氏に詫びる。

 返事は予想通りで気にしていないとの事。田中氏は本当に紳士だと思う。


 その後も仕事の苦労話を面白おかしく聞きながら、走り過ぎる道路の歩道には学校帰りの高校生や、買い物袋をぶら下げたお母ちゃんたちが多くなる。

 そろそろこの一日取材も終わりを迎えようとしていた……


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