※編集中
「ッ落ち着いて下さい!」
立ち尽くして硬直していた晢が、荒れ狂う女子の近くまで勢いよく駆け寄る。彼女の乱れた息遣い、震える手足が切迫した状況を物語っていた。
「やめて! 私に近寄らないで」
「ァ、グッ!」
女子は拒絶するように腕を振り払う。それだけのはずだった。だが、異様な力が働き、晢の体は弾かれるように壁に叩きつけられ、低く鈍い音が室内に響く。彼はずるずると床に崩れ落ち、頭を押さえて呻いた。
「あ、ああああ。違うの違うッ! ちょっと振り払っただけなの!」
半ば狂乱状態の女子は目を見開く。底知れぬ己の異常な力に気づき、さらに混乱を深めていく。彼女の視線は、震える自分の手と倒れた晢と母親の間を行き来し、やがて絶望に染まった。
「……どうしよう。どうしよう、どうしようッ! 私、化け物になりたくないッ!」
頭を抱えてしゃがみ込む女子の背中は、小刻みに震え、身体の内側からこみ上げる恐怖と絶望が見て取れた。その声は、擦り切れるほどに悲痛だった。
「でも親は愛してくれるらしいよ?」
晢につけられたリードを、レキは手から外してぽいっと投げ捨てた。床に転がったリードは、まるで無意味なもののように、その場に虚しく横たわる。
「良かったじゃん。親に‘‘愛されてる’’って分かって」
「こんなの愛じゃない!」
女子が叫ぶ。涙で潤んだ瞳がレキを睨みつける。
「違うの? 世界が敵でもアンタの味方ってことだろ?」
「これが愛だと言うなら、私は知りたくなかった……!」
レキを見上げる女子の声はかすれていた。怒りと絶望と悲しみが渦巻いている目。その悲痛な顔と声を聞いて、レキは「あぁ」と何かを理解したように呟いた。
「アンタここが傷ついてんのか」
レキは自分の胸に手をあてる。その仕草は、まるで自分の心を探るかのようだった。
『虐待には5つ種類がある。身体、性的、放棄、経済、そして――心』
「体に傷が残るのは表面だけじゃない。見えにくいトコが一番、相談多いらしいよ」
レキは「はァ」と肩を竦める。彼の声には、どこか冷徹さと現実の重みが混ざっていた。
「分かってるくせに、なぁんで戻ってきたわけ?」
「だって好きだったから! でもここまでと思ってなかったッ。私、私……」
声が震え、女子は嗚咽を漏らす。こらえきれず涙がこぼれ落ちる。その雫は、床に小さな染みを作った。
「気づかなければ良かったッ! 嫌いになれたら良かった! そしたら今も幸せだったのに!」
彼女の叫びが静かな空間に轟いた。その声には、過去への後悔と現状からの逃避願望がにじみ出ていた。
そして、静かにレキが口を開いた。彼の声はまるで彼女の願いを叶えるかのように淡々と響く。
「じゃあなかったことにしてやろうか?」
女子が「え?」っと、その言葉が何を意味するのかを理解する前に、レキの手が女子の首に掛かっていた。
レキに首を絞められ体が持ち上がり、足が空を蹴る。首が締まる苦痛に、女子の呼吸が引きつった。
「ぁ、っが……!」
「だからアンタはアホなんだよ。優しさが生き方みたいで反吐が出る」
女子が苦悶の表情を浮かべる。その顔はみるみるうちに青ざめていく。女子の手が空を掴み、レキの腕を掴み、必死に引きはがそうとする。
「愛されたばっかりに、自己肯定感マシマシでに優しく出来る心の余裕もある。愛情タップリ育った証拠だ」
涙を流し、首を絞められながら「ゃ、めて」と顔を横に振る女子。その眼差しは、助けを求めるように揺れている。絶望と、かすかな生への執着が混じり合っていた。
「安心しろよ。人らしく悪禍になりたくないと言えてんだ。アンタは正真正銘、人間だよ」
女子が必死にレキの手を外そうと何度も搔きむしる。爪がレキの皮膚に食い込み、赤い線がいくつも浮かび上がるが、レキはそれを厭わない。無表情のまま、絞める手に容赦なく力を込める。女子の意識が遠のき始める。
「だから全部俺のせいにして、愛情だけを持って死ねよ」




