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※編集中

 玄関の上り框の所で膝をつき、ボロボロと涙を流す母親に、女子はしっかりと抱きしめられていた。


「どこ行ってたの! 怪我はない?」

「うん、大丈夫だよ」

「もしあなたが死んでしまったらって不安で不安でッ……!」

「ちゃんと生きてるよ」

「本当に心配したのよ」

「うん。ごめんなさい」


 抱きしめる手が緩み、母親が両手で娘の頬を包む。その表情には、偽りのない安堵と愛情が宿っていた。


「いいのよ。貴方が無事だったのならそれで」

「……うん」


 眉を下げて微笑む女子。

 そんな親子の姿を、口からバリボリと飴を砕く音を出しながら見つめるレキを、晢は横目で確認する。


(こいつ(レキ)の言う通り、もし虐待の兆候があればと不安だったが……大丈夫そうだな)


 晢は胸の重さがふっと軽くなるのを感じた。母親が涙を拭い、落ち着いた表情でこちらを向いた。


「すみません。お見苦しい姿を見せてしまって」

「いえ。見つかってよかったですね」

「えぇ本当に」


 母親の口元に穏やかな笑みが広がった。


「ではまた連絡がいくと思いますがよろしくお願いします」

「本当にありがとうございました」


――――――


 晢が家をじっと眺めていると、レキが小首をかしげて問いかけた。


「あのまま帰してよかったわけ?」

「良いも何もあの子の家はここだからな」


『捜索願は成人の場合は本人が帰宅を拒否すれば発見の連絡だけがいく。だが未成年の場合は保護者の元へと送還される』


「これが基本だ」

「でも家出したワケ知んねぇじゃん」

「服の下に暴行の跡はなかったし、親の涙も嘘には見えなかった 」

「アレ? ちゃんと見てたんだ。スッケベ~!」

「服をめくった奴が言うな!」


 「ダハッハ!」とレキが笑うが、心の中で呆れた。


(確かに嘘じゃないだろうけど……)


「マ。後で連絡するならいっか」

「? どういう――『イヤァァァァ!!』」


 暦の言葉に晢が訪ねようとした途中で、家の中から絶叫にも似た悲鳴が響き渡った。そして同時に、レキに嵌められていた手錠が自動で外れ、カチャリと軽い金属音が響いた。


「お? なんか手錠外れた」


 「みてみて」と言わんばかりに、レキは手錠をしていた時と同じポーズのまま腕を動かし、晢に見せる。


「手錠が外れるのは、識別されていない悪禍を感知した時。じゃあ今の声は……!」

「おッ、ろろろろ」


 リードを握ったまま晢が走り出し、それに引きずられるようにレキも駆け出す。

 飛ぶように玄関の扉を開けた晢は──


「!」


 目に飛び込んできた光景に、晢は息を呑んだ。母親の膝を枕にして、女子が気を失ってぐったりとしている。その近くには、使用された形跡のある注射器が鈍く光って転がっていた。


「こ、れは……」


 言葉が詰まる晢。レキは獣めいた嗅覚で、注射器に向け鼻をひくつかせた。


「俺が打ったやつと同じ匂いすんね」

「打ったって、まさか……」

「ん? 俺をこんな(悪禍)にしたやつだけど」


 レキの飄々とした言葉に、晢は呆然と親子を見つめる。その間にも、母親は二人に気づき、首を傾げた。


「あら、どうかされました?」

「どうって……ここで一体、なにをしてたんですか」

「? この子を悪禍にさせようと思って」


 まるで日常会話のような調子で、母親は頬に手を当てて微笑む。


「薬、手に入れるのが大変だったんですよ」


 その仕草のあまりの自然さに、晢の背中を冷たい汗が伝う。


「悪禍になる意味を……知らないわけじゃないですよね?」

「えぇ。悪禍は蔑称と同じ。だって犯罪者ですもの」

「ッ、世間の目は? みんな、どれだけ彼らを――」

「みんな軽蔑した目を向けていますよね」

「な、ならどうして……! 子供が大切じゃないんですか!?」

「だからですよ」


 晢が「え?」と小さく問い返す。


「この子が大切だからですよ。だから打ったんです」


 母親は気を失った子供を愛おしそうに見つめる。その表情は、慈愛に満ちているようにも、あるいは底知れぬ狂気を秘めているようにも見えた。


「どんな姿になっても愛を伝えるために。愛して、愛でて、(いつく)しんで、そしてだから――」


 母親の言葉に、晢は思わず「はっ」と息が漏れる。それは理解を超えた恐怖だった。


『この子の髪で本を綴って

 この子の皮で装丁して

 この子の血でこの子の生涯を記す』


 陶酔に満ちた微笑み。そこには、一片のためらいも、罪の意識も見えなかった。

 晢は声を失い、その場に立ち尽くす。


「子供の成長を残すこと。親なら誰でもすることでしょう?」

「なん、なんだ、この人は……」


 晢のかすれた声に、レキがぽつりと呟く。


「何って、愛されてんでしょ?」


 皮肉とも、乾いた冗談ともつかない言葉だった。


「こ、んなの愛じゃない」


 その瞬間、娘がうっすらと目を開ける。

 瞳は涙で潤み、足を震わせながらゆっくりと立ち上がった。見開かれたその瞳には、深い絶望が宿っている。


「もう、いや……」

「どうしたの?」


 心配そうに母親が近づいてくる。娘の前にそっと膝をつき、その顔を覗き込もうとした――その瞬間。


「もう嫌なのッ……! もうイヤァ!」


 ――ドンッ!


 女子はとっさに胸のあたりを両手で押し返すようにして、母親を遠ざけようとした。その手には、確かにいくらかの力が込められていたかもしれない。だけど、女子に母親を傷つけるつもりなど、まったくなかった。


「ァ゛ッ!」


 母親の体が壁に叩きつけられ、鈍い音と共に崩れ落ちた。赤い血が、ゆっくりと床を染めていく。

 その体は、ピクリとも動かない。


「あ、ああ、あああああああッ!」


 動かなくなった母親を見て、女子は目を見開き、喉の奥から悲痛な叫び声を上げた。

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