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おいでませ夢幻喫茶へ  作者: ❁蓮華草❁
第一章 出会い
5/5

『夢の始まり』・5

 不思議な夢を見てから数日、すっかり夢幻喫茶似通うことが毎日の日課になっていた。終礼が終わり皆が自由に行動し出す頃、夢月は皆の目を盗んで学校を抜け出す。そうして通学路である商店街に入ると、あの喫茶店が現れるのだ。

 今日もきっと子気味のいい鐘の音が聞こえることだろう。店に入ればマスターの優しい声に迎え入れられて、騒がしい面々と楽しく語り合うのだ。

 まだ二限目であるというのに窓の外を眺めてそんなことを考えているのは、もはや気が早いどころではない。だが、この教室にいる者の中で夢月がこんなことを考えていると知る者はない。だから自由に妄想に耽させてもらう。

 教科担当が授業の終わりを告げ、チャイムと同時に教室を出ていく。一気に教室の中は休み時間の空気に満たされ、騒がしくなりもはや誰が何を言っているのかなど分からない。


「夢ちゃーん。今日も窓の外を見て黄昏てたね」

「黄昏てたって……。そう言う華夏だって寝てたくせに」

「うっ……。だってぇ、数学って何を言ってるのかさっぱり分からないんだもん。数字ばっかり見てると疲れるのー」

「あー、なんか分かるかも。公式に当てはめたらいいだけだって言うけど、その公式が理解できないもん」

「そう! そうなの! なんで点Pは動くの? なんで兄弟一緒に池の周りを走らないのって!」


 夢月の前の席に座った華夏はすっかり愚痴を零すことに気を取られている。こうして夢月の前に座った時は、必ずオカルト関係の話を持ってくるのだが。

 夢月の静かな視線にようやく本題を思い出したらしい華夏は、崩していた姿勢を正し夢月を真っ直ぐと見つめた。


「夢ちゃん、最近この学校変だと思わない?」


 さあ、始まった。華夏の恒例のオカルト話だ。どこで仕入れてきたのか分からない話には毎度の事ながら驚かされる。

 最近では学校の裏にある神社での怪談や、正夢の話を聞かせてくれたが、今回は夢月達が通う子の学校での話らしい。


「変? んー、そう言われると変かもしれないし、変じゃないかもしれない……」

「ああ、予想通りの答え。まあ、初めから夢ちゃんの答えには期待してないならいいんだけど」


 今、しれっと馬鹿にされた。夢月がオカルト話に興味を示していないことになど前から気づいていた華夏にとって、夢月の適当な答えはもはや想定通りらしい。

 それでも最近になって妖と関わるようになった夢月にとって、華夏の語るオカルト話には多少なりとも興味を持ち始めたつもりだ。


「それで、この学校のどこが変なの?」

「よくぞ聞いてくれた! それがさ、どうも変なんだよねー。最近になってやけに増えたと思わない? カップルが」

「は?」


 頭の中で華夏の言葉を反芻する。『カップル』という四文字が頭の中でグルグルと駆け巡り、たっぷり時間を使ってその意味を理解した。

 華夏から目を逸らし、教室の中を見渡してみると確かに男女で楽しげに笑う生徒が多い気がする。

 だがカップルが増えたからと言って、それが直接学校が変だという理由にはならないだろう。高校生ならばそういう色恋沙汰に目覚めているものだし、楽しそうなのだからそれでいいのではないかとも思うが。

 わざわざ休み時間になって話して来る辺り、華夏にとってこの光景は異常に見えているらしい。


「カップルが増えたって、これくらい当たり前じゃないの? むしろこれまでが少なかったようにも思うけど」

「ただ告白して付き合ったのなら私だって何とも思わないよ。私が気になってるのは、この学校で流れてるある噂が気になってるからなの」

「ある、噂?」

「そう。この学校には曰く付きの場所があるの」


 小声で周りには聞こえないように囁く。大好きなオカルト話ができて楽しそうだが、何処か不安げなのは様子のおかしい学校に対して少なからず恐怖しているからなのか。

 どこにでもあるありふれた公立高校で、そんな曰く付きの如何にも怪しい場所があるのだろうか。

 大した歴史もなく、定員割れしていたから滑り込むようにしたこの学校に対してさほど思い入れはない。華夏と友人関係を持っていなかったら、そんなオカルト話を耳にすることもなかっただろう。

 正直に言えば、カップルというものに縁は無いし興味もない。またいつものように聞き流そう。そろそろ次の授業が始まりそうだし、ここいらで華夏には諦めてもらうしかない。


「噂なんでしょ。本当にあるのかも分からないのに、皆の幸せをオカルトにしたら酷だよ」

「やっぱり夢ちゃんも信じてくれないんだ」

「“も”? 私以外にも誰かに話したの?」


 華夏の含みを持った言葉に意識を取られる。夢月“も”と言うのなら、以前にも誰かにこの話をしたのだろうか。

 夢月と違って友達が多い華夏は、夢月の知らないところで他の友達にも時折語って聞かせているのだろう。カップルと曰く付きの場所、華夏が気にするように他の生徒も食いつきそうな話題だ。中には実際に食いついた生徒もいるのかもしれない。そしてこの異常な程に増えたカップルの中に、その噂が関係している者達もいるのだろう。


「他クラスの友達が次々に彼氏を作るものだからさー。気になって聞いてみたら、これが予想通り当ったんだよ。彼氏が出来た友達の皆がそこに行ったらしくて」

「その曰く付きの場所って何なの?この学校にそんな場所があるなんて初めて聞いたけど」

「この学校って創られてから新しいけど、新しいのって私達の教室があるこの第二教室棟でしょ? 私はほとんど行かないけど、夢ちゃんは選択授業で行ったことあるんじゃない?」

「もしかして本館のこと?」

「そうそう。前から思ってたけど、あそこって結構不気味だよねー。噂が流れ始めたのはつい最近のことだけど、あそこはもっと他にもありそうでさ」

「それはいいんだけど。それで、肝心なその噂って何なの?」


 少しずつ話が脱線してしまっている。夢月が話の軌道修正をしなかったら、このまま華夏の一方的なマシンガントークに発展していただろう。

 夢月が話の続きを促せば、華夏の目付きが微かに変わる。自分の話に夢月が興味を示したと、喜びに目を輝かせた。


「本館には一階、二階、三階を繋ぐ階段があるでしょう。その中で二階に続く階段の踊り場にだけ、何故か姿見が設置されているの。夢ちゃんは見たことないかな」

「私が選択授業で使う教室は本館の一階だから階段は使ったことないな。でも確かに階段はあるね。もしかして、その鏡が噂に関係しているの?」

「ご明察。放課後の午後十七時、窓から差し込む夕焼けに照らされた自分を踊り場の鏡に映して、あることを願うんだ」

「願う……」


 願うという単語に過剰に反応を見せるなど、この場では夢月ただ一人だけだろう。幸いにも華夏は気づいていない様子で話を続ける。


「好きな人と結ばれますようにって」


 授業の始まりを告げるチャイムが教室中に響き渡る。他クラスに行っていた生徒達がゾロゾロと教室に戻ってきて、皆が次の授業のために席に着き始めた。

 教科担当の教師が教室に入ってきて、華夏は慌てて席を立つ。

 話が中途半端なところで終わってしまった。今日は移動教室が多いから、話の続きを聞くのは難しいだろう。

 気になるが、わざわざ夢月が首を突っ込む話でもない。この話は聞かなかったことにしようと、再び窓の外に目をやった。



 気にしないようにしていたのに。人間というのは一つの物事を忘れようとすると、返って記憶に深く刻んでしまうらしい。

 結局華夏の話が忘れられず、放課後になってから皆の目を盗んで本館へと足を運んだ。三限目に選択授業があったため、本館に来るのは今日だけで二回目である。


「本館の、二階に続く踊り場の姿見………」


 本館は職員棟に直接繋がっていた。本館が元に再築された学校のため、本館に職員棟が繋がっていると言った方が正しい。

 放課後になって本館に用がある生徒など、噂に乗せられてやってきた物好きの夢月くらいである。

 本館に入ってから例の階段はすぐ目の前にあった。造りは古く、かなり年季が入っているが何の変哲もないただの階段だ。その一段目に足を掛ける。特に変わった様子はない。


(本当に噂なんてあるの? 華夏が嘘を吐いてるようには思えないけど、これじゃあね……)


 静かな校舎内に、夢月が一段一段階段を踏み締める足音が響く。誰もいないのに誰かに見られているような恐怖心が身体を蝕む。信じている訳では無いはずなのに、こうも恐ろしく感じるのは何故なのだろうか。

 恐怖心を誤魔化すように、一歩強く踏み込んでみた。


「きゃあ!」

「な、何!?」


 一際大きな足音が鳴り響いたかと思うと、夢月の頭上から小さな悲鳴が聞こえた。思わず足を踏み外しそうになり、手摺りにしがみ付いて難を逃れる。

 誰かがいる。自分以外に誰かがあの噂を聞き付けてやってきたのだ。

 未だ悲鳴の正体は壁に隠れて見えない。一段、一段登ると同時に、少しずつ踊り場の姿見が頭を見せた。

そこに居たのは、眼鏡を掛けた大人しそうな小柄の少女だった。


「え? あ、えっと……」

「う、うわああ! すみません! すみません! 一年がここに来たらいけないって分かっていたんですけど、どうしても来たくて。ああ、やましいことは何も無いんです! ただ噂が本当なのか気になっただけで!」

「ちょ、ちょっと、落ち着いて! 何も叱りに来た訳じゃないから」


 まだ何も言っていないというのに、踊り場にいた少女は夢月を見るなり血相を変えてそんなことを繰り返す。

 一見少女の方が夢月を見てからというもの恐怖しているように見えるが、実際は少女の勢いに気圧された夢月の方が恐怖していた。こうも勢いに任せて捲し立てられてしまえば、どれだけ頑丈な精神を持っているとしても圧倒されてしまうだろう。


「ご、ごめんなさい!」


 少女は今にも泣き出しそうになっている涙目を俯いて隠し、夢月を跳ね飛ばすようにして階段を降りて行った。壁際に追いやられた夢月は、ぽかんと口を開けてつい先程走り去って行った少女の後ろ姿を眺めるだけである。

 あの少女は、今年入学してきた一年生だろう。一年生であることを表す緑色のリボンを身に着けていて、本人の口からもそうであると語られていた。あまりの勢いと動揺した様子に圧倒されていたせいで、彼女が自分の後輩であることに気がついたのは独りになってからである。


(あの子、噂が何だって言っていたな。やっぱり、新入生の間でも華夏が話していた噂が流行っているのかも)

 

 学校中で話題だから、新入生ですら知っているからといってあの噂を信じるつもりはない。それでも実際に噂を真に受けて願おうとするその現場に居合わせたのだから、少なからず興味というものは湧いている。

 ほんの少し確認するだけ。どうせ嘘なのだから、何もなかったらそれで帰ったら良いだけの話だ。

 決して噂を信じたからでも、好きな人と結ばれたいと思っているからでもない。ただ気になっただけだ。あんな話を聞かされて気にするなと言われる方が辛いものである。


(何の変哲もない姿見……。こんな所にあるなんて不思議だけれど、特におかしいところもないし)


 あの少女がこの姿見に向かって必死に願う理由も、学校中の人々がこの場所にやって来る理由も夢月には理解できない。ただの鏡に向かって願ったところで何が叶うのだろう。自分の姿がそっくりそのままに映し出されるだけで、願いなど叶えてくれるはずもない。

 願いを叶えるのはあくまでも願った本人、そう夢幻喫茶のマスターが語っていた。自分達は願いを叶えるのではなく、叶える手助けをするだけだと。


「いや、無理があるでしょ……」


 人は誰しも秘密や願いを抱いているものである。それは分かっているのだが、この鏡に向かって願うだけで好きな人と結ばれるなど信じられるわけがなかった。噂など馬鹿馬鹿しい他ないだろう。

 好きな人などこれまでにできたことがないし、そういった関係に発展した異性もいない。そんな良く言えば純粋で、悪く言えば鈍感で無頓着な夢月だからこそ他人事のように考えられるのかもしれない。

 自分の願いに気づくという初期段階で躓いている夢月にとって、こんな鏡に願っただけで願いが叶うなどもはや妬ましい。

 ふつふつと怒りにも似た不快感が腹の底から湧き上がる。この鏡を見ていると気がおかしくなりそうだった。

 早くこの場を離れて、いつもの通り夢幻喫茶に行こう。あの店に行けば、こんな不快感も先程の少女との出来事も忘れられるはずだ。今日はいつもより長めに珠吉のふわふわとした身体を撫で回そう。

 適当なことを考えて鏡から意識を逸らし、階段下へと視線を向ける。

 その時、一瞬だけ視界が歪んだ気がした。目眩か、身体が不調を訴えている時の不快感に似ている。


(な、何……これ)


 しかしそんなことなど一瞬のことで、瞬きをした次の瞬間には目眩など感じない。窓の外から差し込む夕焼けで橙色に染まる廊下が広がっているだけであった。


「気持ち悪い。早くこんな所から離れよう」


 階段を駆け下り、残りが二段になったところで飛び降りると、職員等へと続く廊下を早足で進む。すぐに運動場から部活動に励む生徒達の騒がしい声で辺りは満たされ、先程の静寂が嘘だったのかと思うほどに職員等は賑やかである。

 大した時間をあの場で過ごしていたわけではないはずなのに、何時間も突っ立っていた時のような疲労感がどっと身体を押し寄せた。肩からズレ落ちていた鞄を担ぎ直し、昇降口へ向かう頃には踊り場で感じた負荷感も恐怖も忘れていた。


 いつの日からか、この学校には不思議な噂が流れ始めた。『十七時、縁結びの姿見』という噂である。

 この学校には、本館の二階へと続く階段の踊り場に古い姿見が設置されている。この姿見は学校が設立された当初からあるもので、誰が何のためにそこへ置いたのかは誰も知らないらしい。

 この噂が学校中で流れ始めたのは、つい最近のことであった。

 とある男女のカップルが結ばれた理由に、この踊り場の姿見が関係していると誰かが聞きつけたのだ。瞬く間にその噂は学校中に広まり、踊り場の姿見はすっかり生徒達にとって都合の良い縁結びのスポットになっていた。

 放課後になり、午後十七時に窓から差し込む夕焼けに染まった踊り場に行く。すると夕焼けを映した姿見が出迎えてくれる。その姿見の正面に立ち、目を閉じて強く念じる。

 思いを馳せる相手の名前と、その相手とどうなりたいのか心の中で唱えるのだ。

 姿見にその思いが伝わった時、貴方の恋願う想いは実を成すことだろう。

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