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おいでませ夢幻喫茶へ  作者: ❁蓮華草❁
第一章 出会い
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『夢の始まり』・2

 夢幻喫茶という摩訶不思議な場所へやってきてしばらく経ち少しづつ慣れてきたが、この店はまだまだ不明瞭な部分が多い。妖怪がいたり百年は昔の人であろう軍人がいたりと、普通ではない客ばかりいるのだ。

 微かに唸りながら夢月はマスターを見つめる。言ってしまえばマスターも周りとは一段と変わった雰囲気を纏っている。なんと言うか、普通の人間ではないのだ。気配が違うのだろうか、人間が持っているであろう生気が感じられない気がする。かと言って妖怪の類にも見えないが。


「どうされました?」


 夢月の熱い視線に気づいたマスターが持っていたカップから目を離し、ちらりと見下ろしてきたものだから意図せず目が合ってしまった。綺麗に整った顔で見られると、何だか居た堪れない気持ちになる。

 少なからずこの顔の良さに翻弄された客がいそうである。梢のような妖怪だろうと女性として扱うべき客がいるのだから、中には隠れファンがいたりするのかもしれない。


「あ、えっと……。このお店って、いろんなお客さんがいるなって思って。」


 自然と馴染んでいたが、よく考えると猫又にろくろ首に軍人にとこの店は訳が分からない。

 一体、この店はどうなっているのだろう。何故店にいる客は皆妖怪がいることを、過去の人間がいることを受け入れているのだろう。普通ならば、到底信じられるようなものではないはずだ。

 夢月が考える普通がこの場で通用するなど思えないが、浮世離れした空間に放り込まれた身としてそう考えられずにはいられなかった。

 夢に現れたかと思えば現実世界で目の前に現れ、自分を店の中へと押し込んだ謎の力は何だったのだ。そして、マスターと神楽が話していた縁とは何なのだろうか。


「この店は様々な方の縁を繋ぐ場所です」


 マスターは始めから用意していたのか、台本を読むようにその言葉を口にした。ちらりと神楽に目をやると、彼はカップを口につけマスターをじっと見ている。

 マスターの定型文なのだろう。夢月のように初めての客は少なくない、新しい客が巡り巡って来るのだから自然と身体が覚えるものらしい。

 珠吉も梢も知っていることなのか、さほど興味なさげにマスターの言葉に耳を傾けていた。


「縁……。私がここに入ってきたのも縁だってさっき言ってたっけ………」

「縁とは自分の意思で作り出すものではありません。全ては最初から決まっているのですよ」


 半分ほど飲んで量が少なくなったカップの中に視線を落とす。カフェラテの表面に自分の顔と背景が反射した。

 全ては最初から決まっている、そう口にしたマスターは微笑んだままカップを拭く手を止めない。

 最初から決まっていたというのなら、夢月があの夢を見ることも、この場所へ来ることも決まっていたということなのか。

 そうならば、マスターは始めから夢月がここへ来ることも、彼らと出会うことも知っていたのだろうか。


「我々が今ここでこうして話しているのも、全て初めから運命さだめられていた縁です」

『うちはそこの腹の立つ小僧と、縁があるだなんて信じたくないけどねぇ』

「奇遇だなぁ。私もだよ」


 マスターの言葉に梢は悪態をつく。梢は心底神楽を嫌っているようだが、神楽はそんな梢のことを楽しげに見ている。必死になって悪態をつく彼女が見ていて面白いのだろう。

 一瞬でも彼のことを紳士的だと思ったのが少しばかり悔やまれる。

 二人の視線の間にはバチバチと火花が散り始めた。しかし店にいる誰もが止める様子はない。笑いながら見守る者ばかりだ。

 これが彼らの日常なのだろう。マスターも目の前で繰り広げられる口喧嘩を見ても微笑んだままである。

そんな様子を不思議そうに眺める夢月に気がついたマスターは、珠吉をカウンターの上に下ろすと彼女に向き直った。


「夢月さんには、この店の仕組みと意味を説明しましょうか」

「は、はい。お願いします」


 マスターの言葉に夢月は膝に手をついて姿勢を正した。畏まって聞くようなことでもないだろうが、無意識の内にそうしていたのだ。これから長い付き合いになりそうなのだから、真面目に聞いておいて損はないだろう。

 一度頷くとマスターは他の客の邪魔にならないよう、夢月に聞こえる範囲の声量で話し始めた。


「この店はあの世とこの世、天国地獄、そして未来と過去、現在を繋ぐ小さな店です。皆様の心の拠り所になれるようにと私が願い始めました。この店に入れる方は縁がある方のみ。その方々の助けになればと日々こうして営んでおります」

「助け、ですか」

「ええ。現実に救いがないのならば、せめてもこの場に救いを求められるように」


 微笑んでいるが何処か悲しげにマスターはそう口にした。現実に救いがない、そんな人々のためにマスターはこの店を続けているのか。

 なんて悲しい理由なのだと夢月は思ってしまった。これだけの人々が訪れていて幸せそうに笑っているのだからそれでいいはずなのに、マスターの口ぶりが本人は望んでいないことなのではと思わせてきたのだ。


「ここにいる者達は皆少なからずこの店に助けられているのさ。そしてここを愛している」


 そんな夢月の懸念を感じ取ったのか、神楽がカップをソーサーの上に置いて言った。頬杖を付くのは彼の癖だろうか。ここへ来てから何度もその仕草を目にしている。

 微笑む神楽は夢月に向けてでもあるが、店の主であるマスターにも向けて言ったのだろう。

 愛していると言った神楽の目に、嘘偽りはないように見えた。神楽の言葉と、熱烈で真っ直ぐな視線にマスターは心底嬉しそうに微笑む。


「愛してるとは、とても嬉しいことを言ってくれますね」

「何、嘘じゃないさ。私以外にもそう思っている者は沢山いるしね」


 そう言って、神楽は背後にあるテーブル席に視線を送った。そこに座っているのは梢である。

 梢は神楽からの視線を感じ取ると横目で彼を見た。そして一瞬表情を歪めると、ぷいとそっぽを向いてしまう。


『あんたと一緒にしないでちょうだい』


 フォークに突き刺した一口大のケーキを口に入れ、完全に夢月達から視線を外してしまった。

 彼女と付き合っていくのは大変そうだと思った夢月である。


「珠吉もそう思うだろう?」


 確信めいたように神楽は梢から視線を外し珠吉に向き直った。彼の珠吉に対する接し方は、まるで友人同士のようで種族の壁を超えていた。

 珠吉は待ってましたとばかりに胸を張る。もふもふの黒い毛皮が珠吉のマスコット感を引き立てているのだろう。確かにこのもふもふ具合は撫で回したくなる。そんな衝動に駆られそうに鳴るのをぐっと堪えた。


『我も大好きだ!』


 珠吉と神楽はいたずらが成功した子どものように無邪気に笑った。彼らがサイズ感の全く違う手でハイタッチを交わすと同時に、店内に笑いが溢れる。

 ここはとても暖かく、心地が良い。なんて素敵な場所なのだろう。何故もっと早く知ることができなかったのだろうか。

 ずっとここにいることが出来たら、この店はいつか自分のことを救ってくれるのだろうか。なんてそんな呑気なことを考える。

 夢で見た店が現実になるなど有り得ない、未だに夢月は心の何処かでそう思っていた。こうしてじゃれ合っている珠吉と神楽も、マスターも他のお客達も、店自体が夢の可能性だってある。

 もしかしたら、店に出た瞬間夢でした、なんていうこともあり得るかもしれない。

 でも本当にそれが叶えば。不思議な出会いはそんな不思議な考えすら現実にしてくれるような気がした。

 しかしそこでふと気が付く。


「あっ、お金! あぁ、財布持ってきてない、どうしよう」

「いえ、大丈夫ですよ。お金は頂きません。その代わり対価を頂きます」

「対価?」


 鞄を漁る手を止め、マスターを見上げる。マスターは微笑みながら人差し指を立てると説明を始めた。


「対価は人によって異なりますが、ここでは皆様の“願い”を頂いております」


 お金の代わりに願いを頂く、願いとは将来の夢や神様に願うようなあの願いのことだろうか。

 願いを聞くだけで会計を済ましてしまっていいのだろうか。願いを伝えて店を出ようとした瞬間、食い逃げだなんだと言いがかりをつけて捕らえたりしてこないだろうか。

 ただでさえおかしな場所なのだ、そういった理不尽だってあるかもしれない。本当になるかも分からない様々な心配が胸の内に溢れる。

 マスターが嘘を吐いているようには見えないし、吐く必要もない。しかし、本当にマスターの言う通りだとしても、願いを聞くだけで経営が成り立つのだろうか。繁盛しているようではあるが、願いを聞くだけでは利益が追いつくようには思えない。


「ここにやって来たということは、縁と願いがあるということ。夢月さんにも、少なからず願いがあるのではないですか?」

「私の願い、ですか……」


 マスターから視線を外し、自身の周りを見渡す。この店にいる皆にそれぞれの願いがあるというのか。

 神楽、梢、珠吉、マスター、他のお客達、皆の顔を順に見る。何度見てもその顔ぶれは変わった人々ばかりだ。けれどそれもまた現実。驚きはしたが恐怖はなかった。

 恐怖がないということは彼らが危険な人々ではなく、ただ純粋に夢幻喫茶を愛していて、店で過ごす時間を大切にしているのだと教えてくれるのだ。

 

「すみません。願いが、思いつかないです……」

「……いきなり問われて答えられるようなものではありませんよね。こちらも気遣いだ足りていませんでした。申し訳ございません」


 けれど、この店にいる他の客のように抱いているべき願いが思いつかなかった。夢を見てここへ来ている時点で願いがあるはずなのに、どうしても思いつかない。

 自分の願いが分からず、このままでは対価を支払うことができないというのにこちらが謝られてしまった。居た堪れなくなり、顔の前で勢いよく手を振ればマスターは驚いた様子で目を見開いた。

 そしてすぐに表情を綻ばせ、穏やかな微笑みを浮かべる。


「あ、謝らないでください。えっと、願いになるかどうかは分からないんですが、明日もまた、ここに来てもいいですか?」


 そう笑顔で言うと店にいる皆がきょとんとした顔で夢月見つめる。願いが思いつかないから、代わりに明日もこの店に来たいという願いを口にしてみたのだが、この願いは対価になり得なかっただろうか。

 徐々に不安になり、このまま捕らえられて妖怪の餌にでもなるのかと勝手に想像して恐怖心を煽る。

 しかし、不安がる夢月に反して、マスターは一瞬驚きに目を見開いていたがすぐに微笑みを浮かべた。


「ええ、もちろん。いつでもお越しください」

「本当ですか! やったあ!」


 子供のように無邪気な喜び方をしてしまって小恥ずかしい。誤魔化すように足元に置いていた鞄を担ぎ、カウンター席を立つと扉の前に行く。そして振り返り、店にいる者達に聞こえるように満面の笑顔で言った。


「また、来ますね!」

「いつでもお待ちしております」


 扉を開け外に出ると、見慣れたいつもの街並みが並んでいた。夢幻喫茶に入った時と景色は何一つ変わっていない。元の世界に帰ってこられた安心感と、ほんの少しの寂しさが胸の奥で渦巻いた。

 空を見るとまだ明るく鮮やかな青色をしている。ずいぶんと長い時間を過ごしたように思っていたが、さほど時間は経っていなかったらしい。


「本当、不思議な店だったな」


 振り返ると、そこには先程の喫茶店はなく、張り紙だらけの空き家があるだけだった。

 一瞬の内にして目の前に現れ、一瞬の内にして跡形もなく消えてしまった。摩訶不思議な現象が起こっているというのに、不思議と恐怖はなかった。

 今過ごした時間は、あの喫茶店はやはり夢だったのだろうか。それにしては店に広がるコーヒーの香りと、彼らの楽しげな笑い声を鮮明に覚えている。


(いや、いつまでも待ってるって言ってたんだから、また会えるよね)


 たとえ夢だったとしてもまた会える。そんな確信めいたものがあった。

 マスターは嘘を吐くような人には見えない。神楽や珠吉だって初対面だと言うのにやけに親しみを持って接してくれたのだ。

 また明日も彼らに会える。彼らは明日も夢月のことを歓迎してくれるのだ。

 そんな期待を胸に抱きながら夢月は帰路についたのだった。


『本当、変わった娘ね』

「ああ、我々を見て驚きこそしたが最後には信じたようだし」

『あいつはまた来る。いや、あいつにはここが必要だ』


 壁掛け時計の音が静かな店内に響き渡る。店内にいた客の姿が背景に溶け込み、やがて消える。

 テーブル席を立った梢は店の出入り口まで滑るように向かうと、扉の向こう側へ溶けるように姿を消した。

 店内には神楽と珠吉、店の主であるマスターだけになってしまっていた。


「彼女は自身の願いに耐えられるでしょうか」

「耐えないといけない、だろう? 願いを叶える叶えない、耐える耐えないは本人の勝手だ。私達が願いに気づいてなお耐えろと言うのはおかしいんじゃあないかい?」

「それもそうですね。やはり、神楽さんはこの店の常連客と言うより従業員のようです。それも貴方様の身の上が関係しているからでしょうか」


 空になったカップをマスターに差し出し、軍服の襟元と軍帽を軽く整えると神楽も席を立った。

 カウンターの上を移動した珠吉が、店の扉へと向かう神楽の背中を追う。

 

「この扉は様々な時空を繋げている。私だってこんな身なりをしていなければ、夢月のように驚いていたさ。まあ、今もこの扉の向こうに広がる世界の変わりように驚かされてはいるけれどね」

『お前の言葉は何処までが本当で嘘なのかまるっきり分からんな』

「なんでも理解されてしまう方が生き辛いというものだよ。多少自分だけの秘密を抱えている方が、己を偽らずに済む」


 扉に手を掛けた神楽は首だけで珠吉の方に振り返ると、扉の向こうから差し込む夕焼けに右頬を焼いた。

 珠吉の琥珀色の瞳には、なんとも妖しい人間が一人映っていた。


「そりゃあ、嘘を吐くのはいけないことだ。けれど、清廉潔白、正直すぎるというのも返って不信感を招く。なんでも均衡を保つというのが大切なんだよね」


 そう言い残し神楽は扉を開け、激しく店内に差し込む夕焼けの向こう側へと溶けていった。

 客が全員が捌け、マスターと珠吉の間には長い沈黙が流れる。ゆらり、ゆらりと意思に反して揺れ動く珠吉の尻尾を見つめていたマスターは、カウンターから出て扉の前に立った。


「さて、そろそろ店仕舞にしましょうか。明日もここへ来ることを望むお客様のために」

『ああ』


 パチンと店内の照明が落ち、辺りは宵闇に包まれる。

 次は、どのような願いを持ったお客が店を訪れるのやら。

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