廃病院③
叶の背の高さ程もある草木をかき分ける様にして一行は歩きながら進んで行く。
そうして十分程歩くと、突然開けた場所に辿り着いた。
「よし見えてきた、あれが目的の廃病院だ」
義人が呟き指さした方向には巨大な灰色の建造物が姿を現していた。そこにいた数名は既にその廃病院の雰囲気に圧倒され尻込みする者もいたが、他の数名は心躍らせる様に廃病院に近付いて行く。
叶も仕方なくついて行き、廃病院の敷地前で全員が一旦立ち止まった。
「よし、じゃあ早速廃病院に突入しようか」
義人は逸る気持ちが抑えきれないといった感じではあったが叶が後ろからそれを制する。
「ちょっとお待ち下さい。私達が先に踏み入れます。皆さんはその後に続いて下さい」
「なんだよ、俺が一番手で入りたかったのに」
「敷地には私達が先に入ります。大丈夫そうならそこからは先行して頂いても結構なんで従って下さい」
「チッ、わかったよ」
軽く舌打ちをしながら義人がゆっくりと下がると叶が「ふぅ」と小さくため息を漏らし、ゆっくりと廃病院の敷地に足を踏み入れた。
だがその瞬間、強烈な違和感が叶を襲った。
何処からともなく視線を感じ、その視線は後ろからではなく明らかに前方の廃病院の方からであった。その視線の元を追いたかったがそれと同時に廃病院の方から放たれる強烈な圧迫感がそれをさせなかった。それは来る者を拒む様な敵意にも感じられ、その強烈な圧迫感から叶は俯いたまま顔を上げれずにいたのだ。
何よこれ?一体どころじゃない。霊のたまり場になってる、何体の霊がここにいるの?――。
俯き固まったままの叶の頬を、一筋の冷たい汗が流れて行く。心臓の鼓動は僅かに早くなり、手の平にはじっとりと汗が滲んでいた。そんな身動きが取れない叶に興梠がゆっくりと歩み寄った。
「どうした?まさかもうやばい奴を見つけたのか?」
「いえ、見つけてはいませんが……かなりの圧を感じますね」
「なるほどそうか。だが後ろの奴らはそれを言った所で納得はしないだろうな」
「まぁ確かに」
叶と興梠がぼそぼそと静かに会話を重ねていると、後ろから義人がしびれを切らした様に声を張り上げる。
「おい、まだか?何してる!」
そう言って指示を待たずして義人が叶の横から無理矢理敷地に入って行くと、朱里や他の者達もそれに続いて行く。
「待ちなさい!」
思わず叶が声を張り上げると全員が驚いた様に叶を見つめた。叶は一呼吸入れ、少し落ち着くとゆっくりと語り掛ける。
「姿は見えないけど何かはいます、それも複数。一応興梠さんの見立てを聞きたいのですが」
叶が興梠の方を向き問い掛けると、全員の視線が興梠に注がれる。興梠は得意気な笑みを浮かべて顎に手を当てると静かに口を開いた。
「まぁ確かにかなりの数の気配を感じる。だが鬼龍殿が先頭を歩き、儂が殿について皆を挟む様にして進んで行けば問題はなかろう」
そう言って笑う興梠を見て、叶も静かに頷いた。
「まぁ確かに中にも入らずこんな所で引き返すなんて納得出来ないでしょうからそうするしかないですかね」
叶と興梠の提案に義人達も渋々従い仕方なく叶の後ろにつく。
「さぁ早く行こうぜ鬼龍さんよ」
少し眉根を寄せてぶっきらぼうに義人が言うと叶が呆れたように小さくため息をつく。
「ふぅ、いいですか?私の後に続いて下さいね。絶対にはぐれないように」
叶は後ろにつく義人達を確認すると振り返りゆっくりと歩みを進めた。それと同時にスマホを取り出すと志穂に向けて短いメッセージを送る。
(志穂さんお疲れ様です。今回の廃病院の案件これから調査に入りますがちょっと危ないかもしれません。最終的なお祓いはお任せするのでお願いしますよ)
メッセージを送り終えると叶は前を向いて歩いて行き、やがて建物内部へと足を踏み入れて行く。その時には最初に感じた圧迫感のようなものは感じなくなっていたが、逆にそれが叶の不安を駆り立てる。