真相⑧
そんな殺伐とした空気の中、突然一つの人影が駆け出し志穂の前を横切った。
その人影は志穂と西園の間に入ると、西園の襟を鷲掴みにしそのままの勢いで西園を床にねじ伏せる。
咄嗟の事で思わず志穂も一歩後退りし、その人影に目を向けると、それは憤怒の表情を浮かべた池江だった。
池江は目を釣り上げ、怒りの表情を浮かべたまま西園の襟を絞り怒声を上げる。
「西園!貴方って人はどこまで我々の品位を下げれば気が済むのですか!?我々使用人は斗弥陀家の方々に仕え、お客様をおもてなしするのが使命。それをあろう事か、お客様を危険にさらし犯罪にまで加担するなんて――」
怒りの形相のまま西園を締め上げ怒号を浴びせる池江に全員が気圧され呆気に取られていた。だが締め上げられ苦しそうな表情を浮かべる西園に気付いた堀がようやくそこで池江を止めに入った。
少し水を差された様に静まり返り池江の荒れた呼吸だけが響いていたが、すぐに志穂が明るい声を上げる。
「ふふふ、ちょっとびっくりしましたね。まぁ警察で貴方の知ってる事を洗いざらい話せば、警察の方は池江さんよりは優しくしてくれるかもしれませんよ」
目を潤ませながら怯えた表情を浮かべる西園に、志穂はそう言ってあえて優しく微笑み掛ける。
そして笑みを浮かべたまま、再び朱里の方を向いた。
「西園さんがあんな感じですから全て話してくれるかも知れませんがそれはそれとして。
朱里さん、先程も言いましたが我々が警察にいくら『霊がそう訴えてる』って言っても『そんな事が信用出来るか。証拠になる訳がない』とか言われて話にならないんですよ。だけどね、もし見つかった三条さんの遺体の右手に、誰かの毛髪とかが握り締められていたらどうでしょう?警察はどう思うと思いますか?」
「な、何の話よ?」
戸惑い困惑した様な表情を浮かべる朱里を見て、志穂は再び口角を釣り上げ楽しそうに笑う。
「何の話?わかりませんか?三条さんが最期、僅かな力を振り絞って貴女の髪を掴んでなんとか抵抗しようとしてたっていうお話ですよ。余程貴女は激高してたんでしょうね。三条さんが貴女の髪や髪止めのピンを握り締めたまま亡くなった事に気付かなかったみたいですからね」
楽しそうな笑みを浮かべる志穂とは真逆に、朱里は絶望感に満ちた表情を浮かべていた。
「ふふふ、義人さんも慌ててたんでしょうね。怪しまれない様にまずは朱里さん一人だけを屋敷に帰し自分が一人で三条さんの遺体を埋めたのは良かったと思いますよ。ですがもっとちゃんと確認しておくべきでしたね。三条さんの右手には朱里さんの毛髪と髪止めが握り締められたままです。
警察が遺体を発見し、その遺体が誰かの毛髪を握り締めたまま絶命していたら当然鑑定に回すでしょう。そしてそれが朱里さん、貴女の物だと判明した時、それは立派な証拠となり貴女は容疑者となります。わかりますか?あなた達はもう詰んでるんですよ」
笑みを浮かべながら志穂が静かにそう言うと朱里と義人は項垂れたまま動こうとはしなかった。
そこには先程まで醜悪な笑みを浮かべて虚勢を張り続けていた怪物の様な朱里の姿はなく、小さく肩を震わせながら虚ろな瞳で一点を見つめ続け、絶望感に打ちひしがれている女性がいるだけだった。
そんな朱里に見切りをつけるように志穂が振り返ると、叶がすかさず前に立つ。
「志穂さん。私が丁度屋敷に帰って来た朱里さんの後に黒いモヤみたいな物視えたのって、あれはこの屋敷に巣食う霊的なものじゃなくて三条さんの怨念があんな風に視えたって事だったんですかね?」
「多分そうなんでしょうね。殺されてすぐだったから怨念だけが朱里さんにまとわりついたんでしょうね」
「……あの人の霊、その後も多分私にまとわりついたりしてたんですけど」
「あら、大変ね。鬼龍ちゃんも霊能者だからなんとかしてほしかったんじゃない?まぁ後でお祓いぐらいしてあげるわよ。鬼龍ちゃんだからお安くしとくわね」
「……何お金取ろうとしてるんですか?」
叶が冷たく言うと、はぐらかす様に笑みを浮かべて池江の方に振り返る。
「池江さん、少し落ち着いたら警察に連絡お願い出来るかしら?森に遺体が埋められてて、殺人犯がいるって言ったら多分すぐ来るから」
「あ、はい。すぐに」
池江がすぐに駆け出して行き食堂を出て行くと、それまで大人しくしていた神谷崎が静かに立ち上がる。




