廃病院②
その後、義人に続き朱里も車から降り、続けて数人の男女が降りて来ると、助手席からはボディガードの様な屈強な男も降りてきて義人達の横に付いた。
何もない草木に囲まれた殺風景な広場に十数人の男女が集まり、静かだった場が一気に騒々しくなっていった。
「ねぇ、義人ここからマジで歩いて行くの?」
朱里がやや不満顔で義人に尋ねるが、義人は特に気にする様子もなく、少し見下すような目をして笑みを浮かべる。
「そういう事だ。嫌なら朱里は運転手達とここで待ってるか?俺は華月と一緒に行くから」
「な!?別に嫌だなんて言ってないでしょ!確認しただけじゃない。あんたも義人に言われたからってニヤニヤしてんじゃないわよ!」
「そ、そんなつもりないって……」
朱里が慌てて取り繕いながら横にいた華月と呼ばれた女性にきつく当たると、華月は俯きながら消え入りそうな細い声で呟いていた。
するとそれを後ろで見ていた男が笑みを浮かべながら呆れた口調で間に入る。
「まぁまぁ、義人兄ちゃんも意地悪言うなよ。朱里ちゃんも華月ちゃんに強く当たりすぎだって」
男は百七十センチ程で平均的な身長に思えた。やや細身の体躯で会話の内容からこの男性が三男である秋義である事は叶にも容易に想像がつく。
なんなのこの人達、本当に――。
義人達のやり取りを見て叶は小さなため息をつく。場の会話が少し落ち着くのを見計らって叶が義人達の前に静かに立つと一度深々と頭を下げた。
「皆さんこんにちは。先日お会いした方もおられますが初めての方もおられますのであらためまして、私は鬼龍叶と申します。本日は廃病院の調査と伺っておりますが、まさかこの大人数で行くつもりですか?」
そう言って叶が全員を見渡すが、確かに叶の言う通りそこには叶をはじめ、山伏のような姿の男に義人と秋義。それに朱里と華月に秋義の横にも美しい女性が寄り添うように立っていた。そこにボディガードのような屈強な付き人等、合わせればそれなりの数になる大所帯となっていた。
「まぁまぁいいじゃん。折角関西有数の心霊スポットに行くんだから大勢で行った方が楽しいって」
叶がやや苦言を呈するように言ったが義人は意に介する様子もなく笑っていた。
そんな義人を見て叶がため息をつきながら頭を抱えていると後ろに控えていた山伏のような男が前に出てくる。
「まぁ知っている者もいるとは思うが、儂が興梠侍郎だ。これから行く廃病院は霊の巣窟という噂だ。遊び半分で行くと酷い目に会うかもしれんぞ」
興梠が毅然とした態度を取るが、それを聞いた朱里が眉根を寄せて前に出る。
「だから、それを防ぐ為にあなた達がいるのよね?わざわざあなた達みたいな得体の知れない人達にお金払ってるんだからうだうだ言わないでちゃんと案内してよね」
蔑むような眼差しで強気に言う朱里に気圧されて、興梠は困惑しやや後退りすると冷笑を浮かべて叶が代わって前に出た。
「えぇ確かに霊からあなた達を護るのも私達の仕事です。ですので現地では私達の指示には従ってもらいます。まぁ従いたくなければ好きにしてくださって結構ですが、その時は私は関知しませんので後からうだうだ言わないでくださいね」
「な、言わないわよ、何よ雇われてるくせに」
「えぇ雇い主との契約の確認ですよ。まぁ霊にやられたらうだうだ言う事も出来ないでしょうけど」
叶がそう言って冷たい瞳で見つめると、朱里は苦虫を噛み潰したような顔で叶を睨み口を噤んだ。
「はは、まぁ雇ってるのはこいつじゃなく、俺だけどな。まぁ指示には従うよ、だけど雇い主の希望を最大限聞くのもそっちの義務だよな、鬼龍さん?」
「えぇ勿論そうですね」
したり顔で問い掛ける義人に対しても、変わらず冷笑を浮かべたまま叶も頷く。
「よし、じゃあ廃病院の探索に行こうか」
義人が張り切り歩き出すと、全員がゆっくりとその後を続いて歩いて行く。
「お気を付けて」
運転手達が頭を下げ、廃病院に行く者達を見送っていた。