行方③
翌日。
叶は自身のスマホへの着信で目を覚ました。軽快な電子音が鳴り響く中、画面を確認すると『着信、秋義』と表示されていた。
秋義さん?まさか?――。
慌てて電話に出ると電話の向こうからは落ち着いた秋義の声が聞こえてきた。
「もしもし?」
「もしもし、鬼龍さんかい?俺だ、秋義だ」
「はい、秋義さん、こんな朝からどうされました?まさか奏音さんが?」
「あぁ、そういう事だ。約束通りまずあんたに連絡したんだ。きっと奏音もそれを望んでると思ったしな」
「……そうですか、大変な中ありがとうございます。暫くはそちらに?」
「あぁ、出来るだけ今は奏音の傍にいるつもりだ」
「わかりました。皆さんには私から伝えておきます」
「あぁ悪いけど頼む」
静かに電話を切るとベッドの上で少し頭を抱えた後、一息ついて空中を見つめた。
「……ふぅ、あれこれ悩んでる時間もないか……」
一人呟き、まずは幸太に電話をかける。その後、素早く支度を済ませると部屋を後にした。
部屋を出ると、丁度部屋から出て来た幸太と顔を合わせた。
「ごめんね、急かしちゃった?」
「ううん大丈夫だから。それよりさっきの事って――」
「うん、それはこれから話すからひとまず食堂に行こうか」
幸太の質問を軽く遮り、二人は階段を降りて食堂へと歩いて行く。
食堂に入ると池江達が朝食の支度に追われていた。
「あっ、鬼龍様、倉井様おはようございます。すいません今朝食の準備中でして、もう少しお待ち頂けますか?」
叶に気付いた池江が駆け寄り丁寧に頭を下げるが、叶は僅かに微笑み頭を振る。
「大丈夫です。それより池江さん。お忙しい中申し訳ないんですが、皆さんを食堂に集めて頂けませんか?大事な話があるんです」
「大事な話ですか?わかりました。では皆様にお声掛けして参ります」
叶に言われて池江が食堂を出て行くと、傍らに立つ幸太が不安そうに叶の顔を覗き込む。
「叶さん、大丈夫かな?」
「どうだろね?ただここから事態は動き出すと思うよ。君も何か感じたら教えてよ、どんな些細な事でもいいからさ」
笑みを浮かべて、あえて明るく言った叶を見つめて幸太も僅かに笑みを覗かせた。
その後貴之や義人が姿を見せ、十分程で殆どの者が食堂に集まっていた。
「朝っぱらからなんだ鬼龍さんよ?」
一歩前に出て、不機嫌そうに眉根を寄せながら文句を言う義人だったが、叶は真剣な眼差しを向ける。
「すいません、義人さん。ですが皆さんにお伝えしなくてはいけない事がありまして、池江さん、志穂さんと三条さんがまだ見えてないみたいなんですけど?」
落ち着いた口調で叶が尋ねると、後ろで控えていた池江が控えめに前に出ると深々と頭を下げる。
「申し訳ございません。陸奥方様も三条様もお声掛けしたのですがご返事がなく、ひとまず一通り皆様にお声掛けするのを優先しました。今からお二方にもう一度お声掛けして来ます」
頭を上げて食堂を出て行こうとする池江だったが、すぐに叶がそれを制した。
「あっ、いえお二人にはまた私から話すんでひとまず池江さんもここにいて下さい。そして皆さんも聞いて下さい。先程秋義さんから連絡があり、奏音さんが今朝亡くなられたそうです。やはりアレルギー症状で軌道が塞がれて呼吸が止まり過ぎていたのが原因のようです」
沈痛な面持ちで叶が伝えると、重い空気に包まれ全員が口を噤んだ。
そんな重い空気の中、貴之が険しい表情で口を開く。
「奏音は残念だったが、秋義は何故あんたに連絡してきたんだ?」
貴之がもっともな疑問を口にすると、叶は伏し目がちに軽く頭を下げ、神妙な面持ちのまま全員を見つめる。
「確かに疑問に思われるかもしれませんが、私がそう頼んだのです。奏音さんの容態が変化したらすぐに私に知らせてほしいと。前日に一緒にお酒を酌み交し、互いに距離を縮められ、良き友人関係を築いていけると思った矢先の悲劇でした。せめて友人として一報がほしいという想いからお願いし、秋義さんはそれを快く承諾してくださって、そして約束通り連絡をしてきてくれたのです。秋義さんも今は大変だと思い、皆さんには私からお伝えすると申し出ると、秋義さんも『頼む』と言ってくださいました」
「なるほどな。それを伝えてくれた事、斗弥陀家を代表して礼を言う、ありがとう。それで奏音の訃報を残りの二人に伝えるのも任せていいんだよな?」
「えぇ、勿論です。今からお二人の部屋に伺おうと思ってます。池江さん一緒にいいですか?」
池江の方を見つめ優しく問い掛けると、池江は静かに頭を下げる。
「勿論でございます」
深々と頭を下げる池江を見つめ、叶は歩き出す。
「では行きましょうか」
池江は歩き出した叶をすぐに追いかけ、叶の少し前に立つと先導するように歩き出す。
「斗弥陀家を代表して俺も同席させてもらおう」
叶の後に続き貴之も共に歩き出して行く。