行方②
その日の夕食は特段何事もなく、平穏に過ぎて行った。
「トラブルメーカーがいないと静かなものね」
志穂の何処か嫌味を含んだ物言いに、叶や幸太は苦笑いを浮かべる。
しかし実際一人の神谷崎のテーブルは勿論、朱里や華月のテーブルも特に会話もなく静まり返り、会話が途切れていないのは叶達がいるテーブルぐらいだった。
「まぁ三条さんだけじゃなく、奏音さんや秋義さんもいませんからね。余計に寂しくも感じますね」
叶が食堂を見渡しながら呟くように言うと、三人も静かに頷いていた。
そうして叶は義将会長の横に目を向ける。
その空席には相変わらず険しい表情をした着物姿の小夜子が座っていた。
「どうしたの?小夜子さんはまだご機嫌斜めな感じかしら?」
叶の視線の先に気付いた志穂が声をひそめて語り掛けると、叶は少し困ったように苦笑し、軽くため息をつく。
「わかりませんよ、何も話してくれなさそうだし。しいて言うならご機嫌斜めというより何か警戒してるようにも思うんですけどね」
「……なるほどね」
静かな夕食は滞りなく進みやがて平穏になままお開きとなった。
各々が部屋に戻って行く中、志穂が部屋の前で話し掛ける。
「ねぇ鬼龍ちゃん。今何か変な感じになってる?」
「……今は特に大丈夫ですね。ただ気を付けて下さい。ここに来た頃に比べると少し空気が変わったような気がするんで」
「やだ、脅かさないでよ」
叶の真剣な眼差しを躱すように志穂は冗談めかしく笑っていた。
「とりあえず鬼龍ちゃんも何かわかったら教えてね。私は私の仕事しとくから」
「……志穂さんも何か気になってるんですよね?」
「まぁね。本当はお金かけたくはないんだけど、ちょっと情報不足だからね。色々と探らせてもらうわ」
叶の質問にはっきりとは答えず、何食わぬ笑みを浮かべてそれ以上の詮索は拒むかのように志穂は自室へと入って行った。
「結局自分は何も教えてくれないじゃん」
少し呆れたようにため息をつき、傍らに立つ幸太に微笑みかける。
「とりあえず今日はゆっくり寝ようか。何かあったら飛んで来てね」
「勿論、何かあったらすぐに呼んで」
「ふふ、じゃあおやすみ」
互いに手を振り自室へと入って行った。
部屋に入った叶は二人掛けのソファに腰を下ろすとそのままゆっくりと横になる。
「さてと、アレは何だったのかな?私の気のせいって訳じゃないよね?」
一人呟き思慮を巡らせる。
その後、その日は各々が静かな夜を過ごしている中、志穂は部屋で一人ノートパソコンを開けて電話で話していた。
「――さすが仕事が早いわね」
「そりゃあ姉さんからの依頼は最優先ですから」
「ふふふ、ありがとうね。お金はまた振り込んどくから、また何かあったらお願いね」
「えぇいつでも言って下さい」
「じゃあまたね」
電話を切ると、パソコンの画面を見つめてニヤリと笑う。
「まぁ、胡散臭いとは思ったけど、まさかこうも人が絡んでくるとはねぇ」
パソコンの画面に映る三条と神谷崎達の画像を見つめて志穂は更に目を細めた。
そのままパソコンに向かい作業を進める志穂だったが、ふと時計に目をやると既に時刻は深夜零時を超えていた。
「あらら、また夜ふかししちゃった。また鬼龍ちゃんに何か言われるかな?まぁ気分転換に一服しとこうか」
そう言うと徐に立ち上がり部屋を後にした。
部屋を出て屋敷の玄関の扉を開けると少しひんやりとした風が吹き込んで来る。
「さすがに森の中だけあって夜中は冷えるわね」
一人呟き扉をくぐって外に出ると灰皿の横まで歩いて行き煙草を咥えた。
さてと、さっきの事実をあの人達にどう突きつけてやるか……。どのタイミングが一番美味しいかな?……んっ?あれ?――。
志穂が紫煙をくゆらせて思慮を巡らせていると、いつの間にか三条が玄関の前で佇んでいる事に気付いた。
予期せぬ事に少し驚いた志穂だったが、すぐにいつも通りの笑みを浮かべて三条に声を掛ける。
「三条さんこんな時間にどうしたんですか?さすがにちょっとびっくりしたじゃないですか」
笑みを浮かべて歩み寄る志穂だったが、三条は志穂の事を一瞥すると何も言わずに森の方へと歩き出した。
そんな三条を志穂が冷たく見つめる。
「あらあら、つれないですね。まぁいいですよ、そろそろ終わらせましょうか、誰かが仕組んだこの茶番劇を」
冷笑を浮かべる志穂を三条が無言のまま恨めしく見つめる。




