狙われたのは?④
二人並んで食堂を出ようとすると、それに気付いた池江がすぐに二人の元へと駆け寄って来た。
「鬼龍様、倉井様、もうお食事はお済みでしょうか?」
「はい、ありがとうございました。ここからはお屋敷の探索をして行こうかと思ってます」
「そうですか、では私がお屋敷の案内を務めさせていただきます」
「いいんですか?そんな事までして頂いて」
「はい、それも旦那様から仰せつかってる私どもの使命です。とは言え、皆様が今お使いになっているゲストルームは勝手にご案内出来ませんし、貴之様の部屋も誰も入れないよう言われておりまして、案内出来る部屋や場所も限られてはいるんですが」
池江は一礼して顔を上げると首を傾げて屈託のない笑顔を見せた。
「それは仕方ないですね。ひとまず厨房なんか覗かせてもらっても大丈夫ですか?」
「ちゅ、厨房ですか?えぇまぁ大丈夫ですよ、こちらにどうぞ」
笑みを浮かべて問い掛ける叶だったが、池江は戸惑う様な素振りを見せながら叶と幸太を先導して行く。
池江が戸惑うのも無理もなかった。普通なら厨房なんかよりも小夜子や絵梨花の使っていた部屋や縁の品々が保管されている場所を見たいと言うと思っていたからだ。
戸惑う池江に連れられ厨房に到着した叶は「お邪魔します」と中にいた料理人達に声を掛け、厨房中を見て回った。
暫く厨房中を歩き回った叶が満足気な笑みを浮かべると入口で待っていた池江に声を掛ける。
「池江さん、次は貴女達、使用人の方達が集まる部屋か休憩室はあるかしら?」
「あ、はいございます」
「じゃあ次はそこにお願いします」
満面の笑みを浮かべる叶に対して、池江も何時もの様な笑顔を作って一礼する。
『何か我々使用人を疑ってらっしゃる?』
池江がそう勘ぐるのも無理はなかった。本来叶が依頼を受けているのは絵梨花の霊との接触。なのに叶は全く関係がなさそうな所ばかりを見て回ろうとしていた。
そんな池江の心を知ってか知らずか、叶は笑みを浮かべながら池江の方へと振り返る。
「池江さん、絵梨花さんって身体弱かったんですか?」
「あっ、いえ、絵梨花様のお身体が弱ってる等のお話は聞いた事はありませんでした。ですので亡くなられた時は我々も驚きました」
「何か持病等も特に無し?」
「はい、聞いた事ありません」
池江の返答を聞き、叶は「なるほど」と言って黙ってしまった。無言のまま三人は歩を進め、ある一室の前までやって来ると池江が叶の方を向いて一礼する。
「鬼龍様、こちらが我々が待機したり休憩を頂いたりしている部屋です」
そう言って池江は部屋の扉をノックすると勢いよく開けた。部屋の中には椅子に腰掛けた中年と思しき男性と入口近くで立っていた初老の男性がおり、突然の来訪者に中年男性は驚き目を丸くさせて立ち上がる。二人ともタキシードを身に纏い、叶に気付くと二人共すぐに深々と頭を下げた。
「すいません急にお邪魔しまして」
「いえ、鬼龍様。構いませんがこちらに何かご用でしょうか?それとも、まさか池江が何か失礼を?」
叶が軽く会釈しながら声を掛けると椅子に腰掛けていた中年の執事が慌てて問い掛けてきた。
その慌てぶりが可笑しかったのか叶がくすくすと笑っていると珍しく眉根を寄せて少し不機嫌そうに池江が前に出る。
「堀さん、鬼龍様が我々の休憩室も見てみたいとおっしゃられたのでお連れしたんです。鬼龍様、あちらが執事長の堀です」
堀の叶への質問が気に入らなかったのか、池江がぶ然とした態度で堀に説明し、叶へ堀を紹介すると叶はまだこみ上げてくる笑みを押し殺しながら堀の方へと歩み寄る。
「池江さんは良くしてくれてますよ。本当に感謝しています。今も私達がこちらに来たいと言ったら快く案内してくれましたし」
「そうでしたか。あっ、すいません申し遅れました私がこちらで執事長を務めさせて頂いている堀と申します」
堀が深々と頭を下げて礼をすると、叶も軽く頭を下げ部屋を見渡す。すると部屋の入り口に立つ初老の執事と目が合った。初老の執事が穏やかな笑みを浮かべて頭を下げると、叶も目を伏せ静かに会釈した。
叶は部屋の中を一周するように歩き回ると、満足気な笑みを浮かべて堀の方へ振り返った。
「堀さん、ありがとうございました。では失礼します」
叶が明るく声を掛けて部屋を後にすると、慌てて幸太と池江が後を追った。
「えっと叶さん、順調なのかな……?」
幸太が少し探るように問い掛けると叶は満面の笑みで振り返った。
「ええもちろん。後は志穂さん達と話をすり合わせていったらもう少し見えてくるかもね」
楽しそうに話す叶とは裏腹に、幸太と池江は怪訝な表情を浮かべていた。




