依頼④
志穂との電話でのやり取りから三日後、叶は斗弥陀義人と会う為に近くにある喫茶店に来ていた。
叶が到着して五分程で斗弥陀義人は女性一人と男性一人を伴って現れた。
女性は義人に寄り添うように横を歩き、男性は付き従うように後ろを歩いている。
如何にも高級な腕時計にハイブランドのスラックスにシャツを身にまとい、自信あり気に叶の前に立つと叶はすぐに立ち上がった。
「どうもはじめまして鬼龍叶と申します」
立ち上がり深々と頭を下げる叶を見て、義人はにたにたと笑みを浮かべていた。
「いやいや、まさかこんな美人が来るなんて驚いたなぁ。叶ちゃんて呼んでいい?」
少し前のめりになって馴れ馴れしく尋ねてくる義人に対して、一瞬眉をピクリと釣り上げた叶だったが、内に秘めた嫌悪感を表に出す事もなく目を伏せ冷静な口調で窘める。
「いえ仕事ですので下の名前で呼ぶのは控えて下さい。鬼龍か、もしくは鬼龍さんでお願いします、斗弥陀さん」
にこりともせず、冷たく言い放つ叶だったが義人はそれでも態度を変える事はなかった。
「いやいや堅いなぁ。まぁいいや鬼龍さん。俺の事は義人さんって呼んでよ」
「いえ、仕事中ですので斗弥陀さんとお呼びしようかと思ってます」
「いやいや、今回弟の秋義も来るからさぁ、斗弥陀さんじゃややこしいんだって。だから名前で呼んでくれない?」
叶は顔を伏せ、分からぬように小さくため息をつくと顔を上げ表情を変える事なく小さく頷いた。
「分かりました。確かにそれですとややこしいですね。では義人さんとお呼びさせて頂きます」
「OKOK、それで、仕事中じゃなかったらプライベートでは叶ちゃんて呼んでいい?」
「……いずれにしても名前で呼ぶのはお控え下さい。それに私と仲良くしたら横におられるそちらの方から良くは思われないんじゃないですか?」
そう言って叶は義人の横に座る女性の方に手の平を向ける。女性は義人の言動に明らかな不快感を示しており、先程から叶に対しても刺さるような鋭い視線を向けていたのだ。
だが義人は横の女性をちらりと見ると嘲笑うような表情を見せた。
「ははは、なるほど、朱里の事か。だけどこいつの事はあまり気にしなくていいから。はじめから俺が他の女と仲良くしてもいいって条件で付き合ってるんだし」
朱里と呼ばれた女性は微かに会釈すると値踏みするように叶を見つめる。その横で笑う義人を見ながら、内心嫌悪感が溢れてくる叶だったが、それを表情に出す事なく粛々と廃病院の調査について説明して行く。
その後、ある程度説明が済んだ所で義人が「煙草を吸いたい」と言って連れていた男と席を立ち、席には叶と朱里だけが残された。
はぁ、これが志穂さん絡みの仕事じゃなければ文句の一つぐらい言って帰ってるかな。どれだけハイブランドの衣装を纏って小綺麗にして見せても、性格の悪さまでは着飾れないみたいね。彼女さんはずっと睨んで来るし……怖い怖い。そんなに睨まなくても貴女の彼氏には全く興味ありませんよ――。
静まり返り張り詰めたような雰囲気の中で、朱里からは変わらず刺すような視線を送られており、少なくとも良くは思われていないだろうという事は伝わってくる。叶は目線を合わさないよう俯き閉口していたが、そんな中朱里の方から静かに口を開いた。
「ねぇ貴女、随分とお綺麗だけど本当に霊能者?まさか霊能者のふりして義人に近付いて誘惑しようとしてないわよね?」
「ふふふ、まさか、私は本物の霊能者ですし仕事のクライアントと個人的に仲良くなるつもりもございません。更に言わせて頂ければ個人的にはちゃんとしたパートナーもおりますので他の方にそういった興味等もございませんので御安心を」
叶は冷たい瞳をしたまま微かに笑みを浮かべると、朱里も顎に手を当てながら冷笑を浮かべた。
「口ではなんとでも言えるからね。貴女もその見た目なら男には苦労しないんでしょうけど、分はわきまえた方がいいよ。上流階級のセレブは見た目だけじゃ本命は選ばないものだから」
見下すような目をして嘲笑するようにそう言い放つ朱里に対して、叶は冷笑を浮かべて平静を装っていた。相手からは見えないテーブルの下で握り締めた拳をわなわなと震わしながら。
やがて義人が戻って来ると喫茶店を後にし「では二日後に迎えを寄こすから」そう言って三人は帰って行った。
残された叶は最後まで見送るように頭を下げた後、急いで自身の部屋に帰るとベッドの上にあった枕を手に取り、震える拳を握りしめ振りかぶった。
「ふざけるな!!だいたいお前らみたいな奴こっちから願い下げなんだよ!私をなんだと思ってるのよ!」
叶は罵るように強い言葉を吐きながら力の限り枕を殴りつける。更にもう一度、二度と鈍い音が響き、ひとしきり暴れた叶が乱れた髪をかき上げ荒れた呼吸を落ち着けるように一息つく。
「ふぅ……駄目、まだ仕事前なのに憂鬱になってきた……ははは、やっぱり幸太君に来てもらおうかな。ああ、でもこんな姿見られたら流石に引かれるか。今回は別行動で良かったかな」
そう言ってベッドに体を投げ出すと、静かな部屋に叶の荒れた呼吸だけが暫く響いていた。




