狙われたのは?③
運ばれてきた料理に叶と幸太が手を伸ばそうとすると、志穂と嵯峨良はゆっくりと席を立った。
「じゃあ鬼龍ちゃん、私達はお先に仕事にかかるわね。二人はゆっくりしててね」
「すいません、私達もご飯食べたらすぐに行きますから」
慌てて叶が声を掛けたが、志穂は笑みを浮かべたまま軽く頭を振った。
「大丈夫よ、会長への報告は嵯峨良先生に任せといて。鬼龍ちゃんは出来れば別角度でお願いしたいのよ」
「別角度ですか?」
「ええ、まぁそれはまた後で。とりあえずご飯はゆっくり食べてきて」
そう言うと志穂は嵯峨良と共に去って行った。叶はそんな二人を目で追って首を傾げる。
「まぁあれこれ考えても仕方ないから私達はとりあえず朝食済ませようか」
そう言って幸太と二人朝食を頂く。するとすぐに池江がパンが入ったバスケットを抱えて戻って来た。
「焼きたてのパンです。お好みの物をどうぞ」
池江が差し出したバスケットの中には焼きたてのロールパンやクロワッサンが並んでおり、かすかに漂うバターの香りが食欲をそそった。
「どれも美味しそうですね。池江さんのおすすめは何ですか?」
叶の問い掛けに池江は穏やかな笑みを浮かべて「あくまでも私の好みですが」と前置きして答える。
「焼きたてですのでパリッとしたクロワッサンが私はおすすめです」
「じゃあそれを二つ下さい」
池江は笑顔で「はい」と言ってトングで取り分けたクロワッサンを叶の前に置いていく。
叶が置かれたクロワッサンを手にし、一口食べるとまだ温かなクロワッサンのサクッとした軽い食感と共に口の中にはほのかな甘みが広がった。
「なるほど、これは美味しいですね。しかしこんな焼きたてのパンが屋敷で食べれるなんて流石ですね」
満足気な笑みを浮かべて叶が池江に話し掛けると、池江は小さく一礼し笑顔を見せる。
「前の奥様、小夜子様がパン好きでいらっしゃったそうで、屋敷に来られるお客様に美味しいパンをお出ししたいという事でパンを焼く専用のオーブンを設置しております」
「へぇ、素晴らしいこだわりですね。池江さんは小夜子さんと面識はないんですよね?」
「はい、小夜子様がお亡くなりなられたのは随分と前ですので残念ながら。ですが小夜子様のお客様を大切にもてなす精神は我々も受け継いでいるつもりです」
「なるほど、確かに池江さんは一流ホテルにも引けを取らない素晴らしい対応をして下さってると思います」
「ありがとうございます。今後も何かあればお申し付け下さい」
池江は深々と頭を下げると可憐な笑顔を残して去って行った。叶と幸太はその後朝食を続けながら今日これからの事を話し合っていた。
「今日この後はどうするの?」
「そうね、ひとまず屋敷とその周辺の探索かな?ただ会長から私達に課された使命は『絵梨花さんの霊との交信』だけどその肝心な絵梨花さんの霊には会えてないのよね。まぁ絵梨花さんの霊と会話したって言ってる人もいたけど……」
頬杖をつき、呆れた様な笑みを浮かべた叶を見て幸太がやや困惑した様に問い掛ける。
「三条さんが言ってた事ってデタラメって事?」
「まぁ幸太君だから言うけど、私はそう思ってる。自惚れてる訳じゃないけど、私は霊を視たり感知したりする能力には自信を持ってる。たとえ絵梨花さんの霊が視えなくても何らかの気配ぐらいは感じてもいい筈。なのに気配さえ感じない。こういう場合のパターンは二つ。余程絵梨花さんの霊の警戒心が強いか、三条さんが言ってる事が全くのデタラメか。今回は恐らく後者だと思う」
「でも別の霊は視えてるんだよね?その霊のせいで気配が分からないとかはないの?」
更なる幸太からの問い掛けに叶は自らの顎の辺りを指でトントンと叩きながら眉根を寄せて「う~ん」と唸る。
「複数の霊のせいで実態が掴めないとか霊の数がはっきりしないっていう場合はあるよ。この前の廃病院が正にそうだったんだけど、この屋敷にいる霊ははっきりと姿を見せたし、私の感知を惑わす様な感じじゃない。ごめん、感覚の話で上手く伝えられないんだけど、私が視えなかったり感知出来ない霊がいる様には思えないんだ」
「そっか。叶さんがそう言うんなら俺はそれを信じるよ。俺には霊は視えないし感じる事も出来ないけど、だから叶さんの言う事を信じて出来る限りのサポートをするから」
そう言って屈託のない笑顔を浮かべる幸太を見て、思わず寄り添い抱き締めたくなる。だが人目もあり叶はぐっと拳を握り寸前で思いとどまった。
「さぁそろそろ仕事に行こうか。もてなしてもらった分ぐらいは働かないとね」
叶は立ち上がり幸太に微笑みかけると、幸太も破顔し寄り添う様に横に立ち、二人並んで食堂を後にする。




