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幕開け②


 女性の悲鳴のようなものを聞き、叶が目を覚まして周りを見渡す。

 窓の外はまだ暗く、部屋の時計は午前三時を指していた。


「……なんなの今の悲鳴」


 まだ寝惚ける頭を無理矢理振って目覚めさせると、ゆっくりと部屋の扉を開け、首だけを出して廊下を見渡す。廊下には悲鳴を聞いて出て来たであろう、嵯峨良と神谷崎が右往左往していた。


「今、悲鳴聞こえましたよね?」


 叶の問い掛けに二人はゆっくりと頷く。その後三人で顔を見合わせていると志穂と幸太も自室から出てきて同じ様な質問を口にした。

 皆の顔を見ても、全員が困惑しているのはすぐに伝わる。


 すると二階にある一番手前の部屋から、奏音が転がる様にして出てきた。


 全員が慌てて奏音に駆け寄るが、奏音は倒れたまま動く事はなかった。倒れたまま動かない奏音を嵯峨良が抱き抱えて起こすと、奏音の顔を見て全員が絶句した。奏音の美しかった顔は紫色になって腫れあがり、喉の奥からは笛の音の様なひゅーひゅーといった呼吸音が聞こえていた。


 「駄目!!アナフィラキシーショックを起こしてる!早く救急車を!」


 叶が叫ぶとほぼ同時に、騒ぎに気付いた反対側の部屋にいた朱里や華月、三条達も顔を出した。


「な、何?何があったの?」


 戸惑う様に問い掛ける朱里の後ろから、華月も心配そうに覗いていた。

 遅れて姿を現した朱里達に叶がすぐに詰め寄る。


「朱里さん、秋義さんや義人さんは?」


「えっ?二人は下の部屋にいるはず」


 朱里の答えを聞き、叶は即座に身を(ひるがえ)し駆け出して行った。

 階段を駆け下り1階にある部屋の扉を片っ端から叩いて回ると義人や秋義、それに貴之までもが次々と顔を出した。


「な、何事だ?」


 驚く秋義の元に叶がすぐに詰め寄る。


「奏音さんがアナフィラキシーショックを起こしてます。奏音さんはどんなアレルギーを持ってたんですか?薬はないんですか?」


「そんな、奏音が!?……何処にいる?」


「今部屋の前で倒れて皆が診てます」


 叶が答え終わる前に秋義が駆け出して行くと、すぐに叶や義人、貴之達もその後を追った。

 階段を駆け上がると秋義が奏音を抱えて必死に名前を呼んでいた。


 見守る事しか出来ずにもどかしい想いを抱えたまま佇んでいると、不意に志穂が歩み寄り問い掛ける。


「彼女アレルギーがあったの?」


「そうみたいです。私もさっき食堂で聞いただけなんで詳しくは知らないんですけど」


「そう……ただ食物アレルギーがあったとして、それを彼女がこんな時間に口にすると思う?それに私達は悲鳴を聞いてる。何か食べて悲鳴なんて上げるかしら?」


 志穂の言葉を聞き叶も思慮を巡らせる。

 確かに奏音が迂闊にアレルギーの対象になっている食物を口にするとは思えない。そして隣接する部屋にまで響く悲鳴を上げるのも不可解だった。


 叶が眉根を寄せて考え込んでいると、志穂が指先で肩を軽くトントンと叩いてきた。

 すぐに志穂の方を見つけると、志穂は奏音の部屋を見つめて合図を送っていた。


「少し探りましょ」


 そう言って志穂は奏音の部屋へと入って行く。どれだけ呼び掛けられても反応を示さない奏音を抱えて、それでも秋義が必死に呼び掛けるのを横目で見ながら叶も志穂に続いて部屋へと入って行く。


 部屋に入ると志穂が天井を見つめながら佇んでいた。何かあるのかと思い声を掛ける。


「志穂さん――」

「静かに!」


 叶が声を掛けたが、志穂は手を突き出しそれを制した。

 志穂が見つめる先を叶も視線で追う。はじめは何も見つからなかった。だが暫くすると〝ブン〟という羽音が耳につき、小さな影が横切った。


「えっ?何?」


「鬼龍ちゃん気を付けて!スズメバチよ」


 志穂の声を聞き叶もたじろいだ。スズメバチと言えば殺人蜂と言われる程攻撃性の高い凶悪な蜂だ。刺されれば激しい痛みと共にショック状態を引き起こす。

 奏音はこのスズメバチに刺されアナフィラキシーショックを起こしたとすぐに理解したが、飛び回るスズメバチを前にして叶も動けずにいた。


「どうしたらいいんですか?」


「身を低くして。ゆっくりと出ましょう」


 その後二人は静かに部屋を出ると騒ぎを聞きつけ駆け付けていた池江に声を掛ける。


「奏音さんの部屋にスズメバチがいます。殺虫剤か何かありますか?」


「えっ、こんな時間にスズメバチが?わかりました、すぐに対処します」


 そう言って池江が下に向かって階段を駆け下りて行くと、ちょうどその時玄関の扉が開き救急隊員が姿を現す。


「患者さんは?」


「二階です」


 池江がすぐに答えると、救急隊員は急いで駆け上がり、秋義に抱きかかえられた奏音に駆け寄った。


「駄目だ、心停止を起こしてる」


 奏音を見た救急隊員の怒号にも似た声が響くと、場は一気に緊張感が高まる。

 その後奏音は救急車に乗せられ搬送されて行き、奇妙な静けさがその場を支配していた。

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